もどかしい。

 たとえば阪神淡路大震災や3.11のときのように、余力のある者が被害地域にかけつけて支援したり、歌ったり、各家庭から物資を募ったりという動きができないところが特徴ですな。
 どうしたらいいのよ。
 そういうもどかしさが故に「やれることをやろう」といった個人にできることに知恵が集まりにくいのではないのか。
 たとえば発生から数日のうちにコンビニの店頭に募金箱が設置されたり、という動きも今回ばかりは……。
 反対に「なんとかしてくれよ」と外へばかり希求してしまう。
 どちらの視点も必要不可欠だろうが、比重がこれまではと大きく違う印象。
 有名人たちが現地にかけつけてはげます、といった動きにも今回の事態の性質上なりにくい。
 そこが大きく違うのではないのか。
 事態は今なお進行中であることがその主な要因で、
 次は自分が被害者か、あるいはウイルスをリレーする側になってしまうかといった恐れがつきまとう。
 有体にいえば、人のこと心配している場合じゃねえぞ、といったところだろうか。


 なにかできねえのかよ。個人でさ。


 三人寄れば文殊の知恵ではないが、
 個人の集合体として知恵は醸造されないのだろうか。
 自粛協力と手洗いとうがいの励行。ほんとにそれだけなのかな。



 ううん、
 もどかしい。





 闇生