各国のコロナ負債(造語です。いまつくりました。)の回収方法が気になります。
米国はまた戦争でしょうか?
中・韓はまた反日強硬キャンペーンでしょうか?
こわいですねえ。
どちらも『敵はあいつだー』と、不満を外にそらして結束を固めるという毎度おなじみのやり口ですな。
どうなるんでしょ。
じゃ、あたしら日本も?
というとそれができない。
そんなお人よしだから馬鹿をみる。
哀しいかなそういう奴は、身内からももてないんだよなあ。
そういうもてかたはしたくもないけれど。
誰も彼もが私を救えという。
それらの声をすべてひとり洩らさず聞き入れるなんて、できるわけがない。
現代に聖徳太子はいない。
医療を救えという。
演劇界を救えという。
ミュージシャンを救えという。
ライブハウスを救えという。
大学生を救えという。
大企業から救えという。
中小企業を無視するのかという。
市井の個人商店をないがしろにするなという。
個人を切り捨てるなという。
全部救えという。
救えよ、コノヤロー! と。
共通した救いとは結局、お金(経済)なのである。
すべてを救おうと薄く広くやった結果が、例のなけなしの10万円だ。
これって有事でいえば、前線への補給と考えられるわけで。
戦術としてもっとも愚かな作戦ではなかったかな?
下手すりゃ、全滅をくらう。
商業文化はそのファンや有志たちでのクラウドファンディングでなんとかできねえかな、などとあたしは思ふ。
絵にかいた餅かな……。
ただの夢想家なのでしょうか。
これから先はトロッコ問題*1の応用になるのでしょうか*2。
ただ、トロッコ問題とちがう点は、分岐の数。
これが膨大にある。
そしてそれらのレールの先で働く工夫たちには『意志がある』ということ。
轢かれるそのときまでじっと待っているわけじゃない。
救えよコノヤローと騒ぐ以外にも何かしらの可能性は、ある。
きっとある。
いや、きっときっとある。
そして分岐点の一番根っこの大元の転轍機を手にする存在(政府? もしくは行政?)は、そのトロッコの接近を進行方向に報せることはできる。
転轍機をどちらの方向に操作するかも報せることができる。
もしかしたら、そのトロッコにお金を放り込むこともできるかもしれない。
通過するトロッコを見送る人々だって、余裕があればそこに心遣いをダンクインできる。
どちらに転轍機を切っても怒涛の批難にさらされるだろう。
がそれを覚悟で最善策を決定し、批判覚悟で報せることが肝要。
『報連相なんか不要』派の人たちも、そこは認めてくれるでしょう。
報告しましょう。
連絡しましょう。
で、縦横つかって相談もしましょうよ。
三人寄れば文殊の知恵だ。
全員をことごく無傷で救いあげることは、おそらくできないでしょう。
どれだけ被害を最小限に抑えるか。
そのうえで思ふのだ。大元の転轍機の操作と判断を誤るなよ、と。
また八方美人になろうとして後手後手になるなよ、と。
しかしまあ、
救えよコノヤロー、て凄い言葉だな。
自分で書いてて思った。
豪雨のなか河川敷でBBQしていて、避難勧告を無視し続け、ついに家族もろとも流された人たちの事件がありましたな。
あの横柄な「ヘリコプター呼べよ」の態度を想起してしまったのだ。
自粛要請を無視しておいて、この期に及んで「救えよコノヤロー」しているのは、まさかいないでしょうね。
闇生
*2:そういやこんな本が数年前に大ブームになりましたな。