結局、GWは寝たきりに近いまま終了。
歩いて一分のセブン以外には外出しなかった。
する気も起らなかった。
痛風がおちつけば次は謎の頭痛。
目を使うことが苦しいので本も読めず、文章も書けず。
いや、その気が起こらない。
明け方、五時をもって更新されるNovel Daysのアクセスを確認する。
それくらいが日課といえるかも。
★の通知はない。
なので、アクセスを確認したところで何もないのだけれど。見てしまうのな。アホだな。
ここ壁の言の葉のアクセスはまず無きに等しいのでほったらかし。
だからこんなことまで書いておる次第。
あ、
この期間、断酒を継続したのは良かったことになるのかな。
子どもの頃、お年寄りが寝たきりになってしまうのが理解できなかった。
どこが悪い訳でもないのに、活動しなくなり、それがゆえに体力をうしなって前よりさらに動けなくなっていく。
動けなくなるほど動きたいという欲求も削られて。
なるほど人はあっけなく寝たきりになれるのだと今回実感した。
会う人もおらず、動く必要も減って、
そして希望が、つまりが可能性や選択肢が褪せれば自然とそうなっていく。
孤独死した老人宅についてのポストが、折よく流れて来る。
室内に大量発生したハエが窓を覆っていて、それを訝った隣人による投稿。
ポスト主は冷静に通報し、その後の憶測については触れず詳細が決定するまで黙った。
しかしそのポストには多くの返信が寄せられる。
その大多数が、警察や不動産・大家さんへの連絡について終始しており。
その次が汚れた部屋の修繕や悪臭についてのあれこれ。
老人の孤独については誰も触れない。
会ったこともない有名人の死去については簡単に『ご冥福』を祈るくせに、名もなき老人の孤独死についてはその『処理』や『後始末』に終始する。
たしかに『彼』の身の上も知らぬわけだし、明かすわけにもいかないので憶測だけで語るのも憚れるのは確かだけれど。
返信は『処理』や『始末』『迷惑』について終始していた。
さて、今晩から勤務復帰。
誰ともしゃべらなかったので、声を出すのも十日ぶりくらいかな。
出るだろうか、声。
作れるだろうか、表情。