昼前に起きる。
久方ぶりにぐっすりとした睡眠の余韻。
悪化していくいっぽうの左の耳鳴りは別として、
しんとしている。
静かすぎではないか、と気を張ってみる。
冷蔵庫の音がしない。
つかうたびに異音がするので使用中止にしておいた洗濯機の防振マットを昨日取りはずし、冷蔵庫の下敷きに転用していたことを思い出す。
こんなに静かなのかよと。
思うと同時に、それまでそんなにうるさかったのかと反省。
下の階の人に迷惑をかけていなかっただろうか。
それまでべつに防振マットの効果なんぞどれほども信じていなかったので、冷蔵庫の方は穴が開いて履かなくなった靴下を丸めて四隅に敷いていたのである。
さて、今日も仕事もなく外出自粛だ。
みそ汁でも作ったろうと思い立ち、またしても煮干しを買っていないことを思い出す。
それというのもあたくしがせっかちなおっさんだからである。
煮干しの袋をのぞくと、頭や欠片のくずがたまっている。
かき集めるとひと握りほどもある。
これでなんとか一回分は作れるだろうと、水に浸す。
午後、はす向かいの一戸建ての若夫婦の子供たちがいつものように行き止まりの路地で遊び始める。
きゃーきゃーいってる。
美人のママがそれを腕組みで見張っている。
おっさんの頭の中にはなぜか『はじめ人間ギャートルズ』のテーマが流れている。
はじめにんげんごんごんごーん。
石斧かついだごんごんごーん。
こまったことにエンドレスだ。
そのなかに謎のキャラクターどてちんというのがいた。
歌のなかでも『どてっちーん』と紹介されているのだが。
中学のとき、この「どてちん」とあだ名された同級生がいた。
ずば抜けて生育が早く、無精ひげで、そしてジャイアント馬場声で、どてちんに似ていた。
今で言ういじられキャラだった。
で、例のごとく例によってどてちんもいじられてヘラヘラしていた。
そのどてちんが中二のとき家出をして行方がわからないという事件が勃発したことがあって。
クラスでその件について話し合いなどしたが、結局は自宅の押し入れに隠れていたことが判明。
隠れた理由が、同級生からのいじりにあったのかどうかは明らかにされなかったが、それ以来、いじるヤツはいなくなった。
みんなが遠慮したというより、キャラとしての影をひそめた。
そもそもいじりに原因があるかだなんて、誰もおもっていなかったのだけれど。
高校になって、学校がそれぞれ異なると同級生と会う機会は激減した。
どてちんについては見かけることすらなくなったのだが、
駅ですれ違いざまに「おっす」と彼の方から声をかけられたことがあった。
もはやどてちんと似ても似つかないガタイのいいシュッとした青年になっていた。
どてっちーん。
元気にしているだろうか。
元気にしていたとしても、大してしゃべったこともないからあたしのことは覚えていないだろう。
向こうはキャラが立っていたから有名人だが、あたしのほうはあだ名もつかないようなヤツである。
彼の人生のなかのモブだろう。
この止まない耳鳴りはいつからだろう。
年々音量が増しているような気がする。
原始の大地に忽然と出現したモノリスの音に似ている。
きっとそこに群がるのは類人猿、ならぬ群れ成すどてちんたちだ。
そのうちウホウホ言い出すんじゃないのか。
この耳鳴り、若いころはしていなかったな。
マンモスだ~♪
ああ、腹が減った。
闇生