壁の言の葉

unlucky hero your key


 神無月も半ばを過ぎて、この期に及んでもなお、出るのであーる。
 我が侘び住まいには、あれが。
 なにがって、そのぉ、恥ずかしながら、蚊が。


 夏の間は、アースノーマットをイージス艦の迎撃システムよろしく信用しているこの闇生であるのだが。
 なんせ連中には9条のご威光なんか、少しも通用しないのであーる。
 ところでみなさん、アレ、何日用のを使ってます?
 ノーマット。
 標準は一本30日用のでしょう。
 それを基準に60日用だとか。90日用とか。
 まあ、単純に30日用のが二本だとか、そういうパッケージングになっているのだと思う。
 でもね、あれ、必ず余るんだな。
 どうしたって。
 ワンシーズンできっちり使い切るなんてこと、ない、ない。
 まそりゃあ、足りないよりはいいさ。
 けれど、余ったのは、どうしてんすか、あれ。
 ふたをして、また来年使うのですか?
 あたしもこれまではそうしてきたクチではあるのだが、なんだかね、ビールじゃないが、効き目が飛んでしまっているような気がしません?


 え?
 しない?


 ううむ。
 近所に小さな川や用水路が多いせいか、この季節でも出るのですよ。うちは。
 ひょっとすれば温暖化も関係しているのでしょうか。
 かててくわえて涼しくなってくると、暖かい部屋のなかへと、逃げ込んでくるのでしょう。
 それもこれも、あたくしの仁徳のなせるわざかと。


 そんなこって、昨夜、不意に出ましてね。
 といってもこっちはすでに、おねむで。
 布団の中にすっぽりともぐって防戦しつつ、そのまま不貞寝を決め込んだ。
 そういう算段だったのですが、そうなると連中は、重点的に布団から出ている顔をめがけてくる。
 ぷぅ〜〜〜ん、と。
 こりゃたまらんと観念して、いったんは片付けた蚊取りを引っ張り出したわけ。
 念のためボトルの溶液を蛍光灯に透かしてみると、底にきらりと、さながらすずめの涙である。
 こいつはいかん。
 そういうこともあろうかと、闇生は昔ながらの蚊取り線香も、用意してあるのであーる。
 これなら残ったぶんは、翌年に持ち越せるわけで。
 と、夜中に家探ししてみたのだが、見つからない。
 出てきたのは、ひしゃげた空の紙箱だけである。
 使い切ってしまっていたのだ。
 で、
 も一度、ノーマットの涙を透かし見た。
 

 がんばれ。


 よくわからんが、そう涙に命じてから、セットした。
 明け方、足のつま先の痒みで、目が覚めて。
 手で探ってみると、案の定、ぷっくりと喰われている。
 がんばれなかったのか。涙よ。
 

 さて、そうなってくると今夜以降はどうしようかと。
 なんせ十月だ。
 お月見だ、運動会だと騒いでいるこの時期に、ノーマットの溶液を買うのも、どうなのよと。
 あら、おたく、まだ出るのね。なんて、パートのおねーさんに思われてやしないかと。
 そんな自意識過剰にもなろうというものだ。


 ともかく、
 近くのコンビニにそれを求めた。
 二軒目で、見つけた。
 しかも最後の一つである。
 30日用。
 そのちっぽけな箱は、うっすらと埃をかぶっていて、否が応にも、こちらのズレっぷりを際立たせてくるではないか。
 これ一個だけで、買うのか?
 もう、よっぽど昨夜、蚊に凹まされたんだなと。
 いい歳こいて、藁をもつかむ、必死まるだしではないか。
 にしても30日用って。
 いくらなんでも、十一月の半ばまで蚊が出るとは思えんし。
 けど、
 うん、
 なんだろ、
 結局は、買うんでしょ、って。供給が、上から目線で俺を威圧してくるではないか。
 ええい、ままよ。
 ビビンバのパックと、
 それからプチドーナツという、組み合わせの前衛化にカモフラージュさせて、ノーマットをゲットした。
 

 われながら昭和の中学生がエロ本を買うときのような、そんなボルテージであった。


 備えあれば憂いなし。と言うが、備え忘れた後の祭りで、右往左往することほど、滑稽なことはない。
 そんな身から出た滑稽のおかげで、今宵は快適である。
 夜風にまぎれて蚊が舞い込んではくるが、ウェルカムだ。
 床屋にも、やっと行ったし。
 無愛想な古田新太似の店員にも、どうにか慣れてきたし。
 ただビビンバと、プチドーナツだけが、居づらそうに部屋のなかでしらけているばかりと。
 はあ。
 せっかくの休日だというのに、ノーマットと床屋で終わってしまったよ。











 なにやってんだか、俺。



 

 ☾☀闇生☆☽


 おやすみなさい。