壁の言の葉

unlucky hero your key

子どもの腹。大人の肚。

 勤務終了間際にパラパラと降り出した雨。
 それがたちまち本降りになろうとするなかクロスカブで走り出した。
 リアに後輩をのっけて。


 夜でも気温が三十度近い日が続いている。
 そして連日のこの湿度だ。カッパなんて着るわけがない。
 着てやるものか。
 もっと降りやがれ。
 そんな気分で信号待ちのたびに馬鹿話に盛り上がる。


 バイク免許取得を宣言した後輩。
 春にはあたしの背中に触れもしなかった腹の肉だが、初夏には背もたれとして程よくなり、いまやあたしを押し退けようとしておる。
 あつかましい。




 せめて女子であって欲しかった。




 休憩時間にはバイクの情報をあれこれと検索し、
 勤務中も現場の前をバイクが通るたびにそれを目で追っては感想をのべている。訊いてもいないのに。
 そういえばゲームの話をまったくしなくなったな。
 興味の優先順位ががらりと代わったのだろう。
 

 三年も夜勤をしておりながらアシも持たず、
 早く終了しそうな現場なら終電時間を気にしてそわそわし、
 それを過ぎれば今度は始発の時間を意識し始めて、
 あわよくば送ってくれる先輩はないかと周囲の顔色をうかがい、
 送ってくれた先輩とそうでない先輩とを比較して電車組同志で論評を交える。
 送ってくれる先輩とは仕事中に意見が衝突しないよう穏便に済ませて、お追従、お追従。
 その日の現場にアシ持ちもおらず終電を過ぎたならば、始発まで電車組同志で駄弁るだけ。
 もしくはスマホで暇つぶし。
 そんな毎日だったはずである。


 子どもだ……。


 はやく大人になれと思う。
 アシをもてばその意識は変わるはずだ。
 変わらざるを得ない。
 終わった時間に自分のタイミングであがることができるのだから。


 吉祥寺で後輩をおろす。
 

 通勤ルートから外れるので万一事故があれば労災扱いにはされないし。
 第一、他人の親切に胡坐をかいて時間を奪ってもいる。
 そして彼ら送られて当然の連中の多くが、自分を送ってくれた人がどこに住むのかを意識していない。
 自分を送ったあと、どれくらい時間をかけてその人が帰宅するのか知らない。


 子どもだ。


 その辺のことをあたしらアシ持ちが云えば嫌味でケチな奴と見なして陰口をたたくのが彼ら電車組の常なのだろう。けれど、彼はいまやバイク免許の取得を決意した。 
 ならば遠慮はしない。
 それまであんたは子どもだったのだぜと。
 ちょっとだけ自分主導でいられる楽しい世界がまってるぜと。
 そのちょっとがでかいのだぜと。
 これでもかと前向きな話題ばかりして煽っておる次第。



 休憩中、検索でバイク免許の問題集をみつけたらしくそれに没頭している。
 ささやかだが成長だよ。学ぼうとすることは。
 良き良き。






 ☾☀闇生☆☽