壁の言の葉

unlucky hero your key

ニヒル牛 旅の本展『家からすぐの旅 6』感想。

 平田真紀著『弱っていても行ける! 家からすぐの旅6』手製本
 西荻窪 ニヒル牛「旅の本展*1」通販にて購入。


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平田真紀著作コレクション
 

 コロナ騒動をうけて、人気企画の旅本展*2は通販での開催とあいなった。
 作者自身が手に塩をかけた手製本の祭典である。
 モノを手に取り、
 読んで、
 触って、
 嗅いで、
 比べて購入できるのがこのイベントの醍醐味なのであるが、レギュラー陣ともいえるいくつかの作家の本は、現物をあらためるまでもない。
 迷わずフライング注文したあたくしだ。
 彼らの本のおもしろさは折り紙つきで、と古い言葉ばかりですまぬのだが。その旅本五人衆とも六人衆ともいえるレギュラー執筆陣の代表格がこの人。
 歌人、平田真紀。
 人気シリーズ『家からすぐの旅』の新作が、今年も納品されている。


 この作家の旅の作法は面白い。
 ご自身は『旅下手』と謙遜するが、まず出発前に旅のルール作りをする時点で、旅に対して受け身ではないことがわかる。
 おもしろいものがどこか遠くにあるのではなく、おもしろがろうとする自分がまずあること。
 それこそが遊びの秘訣だ。
 そして遊びのミソはルール作りにこそあることを著者は確信していて。
 チェスタトンがのたまった『絵画の本質は額縁にあり』という、自由のミソは縛りの加減にあることと、要は同じなのだ。


 その旅の定義とは。
 『自宅以外で寝る』
 『自宅以外で朝食をとる』
 くわえて、気持ちの良い風呂があれば尚よし、とな。


 この極めてシンプルなルールは時に行動の縛りにもなるが、心の杖になりもするわけで。
 自宅以外で寝るぞー、
 自宅以外で朝飯食うぞー、といういわば煩悩を推進力にして、愉しむ方向へと打って出る。


 んで、
 前々号から始まった路線バスを乗り継ぐ旅から今回もスタートした。
 この路線バスの旅にもルールが設定されており。
 要約すれば『交通手段はバスのみ』という。
 このルールが上記の『旅の定義』に重ねられることで、遊びがより高度化する仕様であった。
 くわしくは本編を見て欲しいのだが、この縛りがあるだけで見慣れた風景が形を変えるおもしろさよ。
 代わり映えのしないひらべったい校庭が、影踏み遊びを始めるや途端に裏返って異世界の態をなすような。
 ところがだ、
 実際の旅というものは、そんな心躍るものばかりでもないことを、誰もが知っている。
 面白がろうとする心がくたびれてしまうほどの退屈に苛まれることが、稀にある。
 著者も「どんな旅であれ自宅でテレビでも観てたほうがマシ」なんてことは絶対に無い、と豪語するが、あたくし的にはこの言葉はヒジョーに耳が痛く。
 あてもなくどこかへ行っちまおうと電車に乗って、乗り継ぎ乗り継ぎ一日かけてどこに着くでもなく、何かを見つけて驚嘆するでもなく、ご当地ものを食べて舌鼓のドラムロール状態になるのでもなく、なんとなく彷徨って彷徨って、疲れて、へこたれて、やっぱ家でネットでも観てたほうがいいと思い直して帰宅した日が、ある。
 今思えば、ルール作りがなってなかった。
 つまりが、愉しもうとしていなかった。
 単なる逃避にすぎなかった。
 そして今回の著者のバス旅は、そんな失敗から始まるのである。
 曰く「不発の旅」。
 他の作者ならこのエピソードはまるごとカットするかもしれない。
 それを正直に書いて魅せるあたり、親近感がわくわー。
 そうなんだよな。
 面白エピソードや笑って話せる失敗談ばかりでもないんだ。旅っちゅうもんは。
 ぜんぜん楽しそうに見えない旅行者の姿も、あたりまえに見かけるし。
 けれど著者はそんな不発をバネに「リベンジの旅」と称して、ふたたび家を出るのである。
 しかも、あれほどこだわったバス旅を、捨てて。
 歩いて。


 この後半で文体が華やぐよー。
 見て食って飲んでを満喫しておるのであーる。
 これは読んでのお楽しみ。



 あ。そうか。
 旅を紹介するYoutuberは多いが、とあるYoutuberの言によればアクセスの稼げる動画は「ためになる」動画なのだそうな。
 つまり旅行費や宿泊費、おいしい食べ物屋とその値段、現地での困ったことやその対処方法などなど。
 けれど思うのだが、それは視聴者にとってはパンフレットやガイドブック的な扱いということだ。
 そこいくと平田真紀。
 『家からすぐの旅』というだけあって、そういう情報誌的要素をハナからウリとしていない。
 むろんコト細かに料金や移動ルート、食べ物、飲み物が記録されてはいるのだけれど、それはカタログ的な取り扱いとしてではないのだな。
 だからこそ「不発の旅」も記す。
 不発もまた旅であるから、記す。
 断じて現地レポートとしてではなく、旅をする人が主体。
 それでこそ『旅本』だ。



 ※追記。
 平田式の旅の定義をそのまま取り入れると、
 あたしの場合、夜勤から日勤に連投する場合、
 置き場の標識車で仮眠をとる場合がある。
 そして近所のコンビニで調達したなにがしかをそこで食したりする。
 なんともしょぼいお泊り事情ではあるのだが、これをあえて、これもまた『旅』なのだと平田式旅の定義にならってそう見立てるならば、案外、面白がれるのではないかと思った。
 そう、お泊りなのだ。
 

 シリーズ過去作はすべて合本化されているらしい。
 個別に敢行された初版時の感想がこちら。
 
yamio.hatenablog.com

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 闇生

*1:blog.goo.ne.jp

*2:正式には『旅の本展』。