壁の言の葉

unlucky hero your key


 上京してまもないころ。
 求人誌にのっていた甘い文句につられて入ったのが英語教材を売る会社だった。
 英会話スクールへの勧誘も兼ねていた。
 つぶれたビデオ屋から入手した会員名簿や、有名大学の卒業生名簿を手当たり次第にあたっては、
「おめでとうございまーす!」
 と電話をしていくという。
 まったくもっていかがわしい会社であった。
 んが、
 脳みそがほやほやに若かったのだろう。
 そこで教えられていまでも覚えていることはいくつもある。
 同じ百万円のダイヤモンドでも、売り手のミテクレや言葉遣い、雰囲気、その背後にある会社の信頼度によって売れ方はまるで変わってくる、云々。
 これ、逆に考えると売り手次第では、つまらないものも売れてしまうということになるのね。
 なにより売り手が、その商品に魅力を感じていなければ、プレゼンは紋切調のマニュアル式になってしまう。
 売り手にすら惚れられないそんな商品に、客がおカネを払うわけがない。
 そこで社内のミーティングではよく、商品やお客の長所をみつけていくゲームが行われたものだ。


「使いかけのエンピツだって、俺は売ることができる」


 そう豪語する支社長が、ほんとうにデスクのちびた鉛筆を手にとってお手本を演じてみせるのである。
 おろしたての扱いにくさに比べ、
 大きすぎず、小さすぎず、いますぐ手になじむサイズ。
 色。
 形。
 木の風合い。
 鉛の匂い。
 ブランドの会社概要、歴史、逸話、信頼性などなど。
 かててくわえて客に見立てた部下の長所を見つけ、さりげなく褒めつつプレゼンに織り込んでいた。
 客役がサインに応じるところでは、おもわず拍手喝采だ。
 それはもう、ひとつの芸である。
 この、長所をみつけていく能力。
 これが大切で。
 いや営業にだけでなくね。
 その会社でも成績のいい奴はナンパのうまい奴だった。
 つまり相手の長所をとめどもなく見つけては褒めていくし。
 その素材収集のために相手から話を芋づる式に引き出していく。
 その観察力と好奇心はどうしたって自分にも作用してしまうので、同時に自分の強みも意識している。
 なんならそれをアピールする。つまり商品や自分が、相手の長所のバージョンアップや、欠点を補うのにどれほど効果的かを。
 ただナンパと違うのは、セールスはその後の分割払いという長期的お付き合いが目的であって、本当に刹那的ナンパ方式でやってしまったやつは、契約は多いがクーリングオフも多かった。若い女の子はノリでサインしちゃって、帰宅してから覚めちゃうのね。


 話をもどす。
 どうもこの視点にこそ、シアワセが潜んでいる気がしてならないのよ。

 
 今の仕事で尊敬できる先輩がお二方おられる。
 ともに現場では飛車角レベルの隊員で、状況次第では金にも成る。
 一人は芝居の人。
 人生を主導的に握るひと特有のお張り子タイプで、作・演出・小道具もろもろを自分でやっつける。
 休日はあてもなく降車した駅からぶらぶらと歩いて、なんの変哲もない町におもしろいことを見つけてしまう。
 そこで楽しんでしまう、という。
 もう一人は肥満漢のオタクベテラン。
 どんなにつまらない現場でもなにかしら面白いことを見つけては、それを教えてくれる。
 持ち場から見える看板のイラストひとつから、アメリカのアニメヒーローやらの話に。
 そこにある石ころひとつから、
 草木一本から、話がころころ紡ぎだされていく。
 話し手が面白がっているから、こちらもつられてしまう。
 

 ともに共通するのがまさにその『面白がろう』という姿勢であり。
 それは他人の悪口をいわないことにつながっているようで。
 仮に欠点を残念がってもそれを語ることで溜飲を下げようとはしない、となる。
 ようするに悪口でドヤ顔をやらかさない。






 書きつつ、耳が痛い。








 腰も痛い。







 何も無いところでも、何かしらそういう視点を働かせて愉しんでしまうこの性分。
 不幸からしてみればこれほど手ごわい奴もいない。
 不幸の敵。
 略して不敵と、人の言ふ。





 ☾☀闇生☆☽