略してマタハラとかいうらしい。
マタニティ・ハラスメントのことである。
働く女性の妊娠・出産・育児へのハラスメントを、やめようぜと。
まずは女性の労働環境からそれをおっぱじめようぜと。
けれど、うちの会社じゃ無理だろうな、だなんて思ってしまうのが大半ではなかろうか。
よほどの体力のある企業でないかぎり、
つまり普段から人件費その他を潤沢に、有体に云って余分に、まわすことができている会社でないとその一時的な欠員→復帰までを完全にフォローするのは非常に難しい。
ましてや家計簿的な杓子定規からはみでちゃった『余分や無駄』というやつは、四の五の言わずに削ぎ落す風潮が、吹き荒れ始めて久しくもあるわけで。
いい奴、
というのはとどのつまり「自分にとって便利な奴」のことを云う。
そう言ったのは立川談志だ。
自分の集合体が会社であり、ひいてはその集合体が社会であるならば、多数派の利便性に適わない奴は、社会的に不便な奴ということになってしまう。
以前在籍した会社は都内に8店舗ほどを展開していたレンタルビデオ屋であった。
規模として決して大きくもなく。
かといって個人店というほど小さくもない。
各店の店長のみが社員で、店長を中心にアルバイトたちで店を切り盛りしていた。
他に管理職が一人。
事務員として女の子が一人という布陣である。
いっぱいいっはいだ。
その女子が結婚して妊娠したときのこと。
うちの社長はあまりに冷酷だった。
人として重要な部分を欠落させていた。
余程のことを言われたそうで、売り言葉に買い言葉じゃないが、意地になった彼女は周囲がどんびきするほど早期に職場復帰を果たしている。
自分の代わりはいない、させないという底意地。
その間、わずか数週間である。
そこへいくとあたしの場合、勤務帰りに原付で事故り、労災の恩恵で悠々と二カ月も鼻毛を伸ばしてお休みをいただいたことがあった。
むろん法的にも守られた当然の権利であるからして、うしろめたいはずはないのだが、復帰した自分への視線はやはり冷たかったねえ。
もとより人件費を削りに削った、基本ワンオペのシフトだもんで。
だれかが無理をしてあたしの穴を埋めていた訳だ。
二か月も。
ほとんどがサービス残業というやつで。
ひとりが欠ければ、他のだれかがそのぶん無理をしなくてはならなくなる。
といって、代わりにもう一人を雇うとなると、自分が復帰したあとにそいつが浮いてしまう。
そして、哀しいことに、会社はそれを人件費という視点で静観している。
損得勘定である。
つまり闇生がいなくても、店は回転しているのである。
売り上げの水準まで保って。
となれば気分的には「なあんだあいついらねえじゃん」となるのだな。
あたしの代わりは、いたという。
ましてや復帰するやまたも『店長』さまなのだから、邪魔だわな。
事実、会社はこのあと店長を置かず、アルバイトだけで店を切り盛りするという経営方針にチェンジした。
法的な強制をしたところで、それについていける小さな会社はどれほどあるのだろうか。
仮に、空想してみる。
プロ野球の、
あるいはメジャーリーグの四番バッターなりエース投手が、戦列を離れて育児休暇をとり、その後すぐに、また四番や先発に復帰できる社会を。
この問題について政府や社会が無関心であってはいけない。
んが、
法的な縛りにも限度があるということも頭に置いておかなくては、万全なる社会体制を待っているあいだに(いわゆる)適齢期というやつを過ぎてしまう。
ましてや『護る』と『縛る』はあざなえる縄のごとしで、表裏であるからして……。
これは少子化対策にもいえることで、そもそも政治や法だけでどうこうできる問題ではないのよ。
そもそも、社会的なステータスを投げてまで、という素ん晴らしい一大イベントなのだ。命を産み、育むということは。
そこにまず愛があるよね。
愛にもいろいろあるのだろうけれど、親と子の関係は、この犠牲愛からはじまるのであーる。
むろん妊娠、即解雇は論外だ。
んが、ハラスメントなんぞにぷるぷる震えていちいちへこたれてる暇などないんじゃボケェ。くらいには構えておかないとやってられんだろうに。
人生。自分が考えているより、選択肢は膨大よん。
いま叩いている石橋ばかりが、橋じゃない。
☾☀闇生☆☽