「落語って面白いんすか」
唐突にこう訊かれたことがある。
あまりの不意打ちにこっちはしどろもどろになって、戸惑いつつも、
「え、まあ」
そう答えたが、即座に、
「え。面白いんすか」ときたもんだ。
そのニュアンスはさながら、
「あなたは落語なんかを面白がる人なんですか」と。
まるで人格を疑うようなものいいなのである。
ずいぶんじゃないか。
しかし、あとになって自分の失敗に気づいたのだ。
なぜあのとき「面白い」と断言できなかったのか。
なにがそれをためらわせたのか。
それを考えるにつれて、あたしゃひとつの理想的な答えにたどり着いたのだ。
模範解答は、おそらくはこれ。
「それは『映画って面白いんですか』と訊くようなものです」
面白い映画もあれば、そうでない映画もある。
音楽だって、そうだ。
とりわけ落語や演劇は、同じ演者の同じ演目でも、日によって変化があるから難しい。
質問者の彼は、あたしの休憩のヘルプに来てくれた他店のスタッフだが、大方『落語』のイメージをあの長寿番組『笑点』にみているのに違いなかった。
立川志らくがその著書『全身落語家読本』で指摘しているとおり、落語の誤ったイメージを全国津々浦々にまで浸透させて張本人。それが『笑点』なのである。
いってみりゃあれは落語家バラエティーであって、落語ではない。
同じように、一見敷居の高いジャンルも、そうやって見渡せばいいと気づく。
「ジャズっておもしろいんですか」
「黒澤映画っておもしろいんですか」
「シェークスピアって」
それで思い出したのだが。
「女のミュージシャンで誰が好きですか」
二十歳そこそこのバイト君に、かつてそう訊かれた。
あたしゃ、そのざっくりと大雑把な質問に閉口。
しつつも、ファンとして一番古い仲の矢野顕子の名をあげた。
するとバイト君は、なんと矢野顕子を知らないではないの。
それはまあ仕方が無い。
折りよく彼女のCDを持ち合わせていたので、手渡して見せた。
すると彼はジャケット写真をしげしげと見つめたあげく、あろうことかこうのたまったのである。
「こんなのが可愛いんすか」
なんと、まあ。
いや、
うん。
可愛いらしさも、彼女の重要な一面ではある。
けれど、バイト君が言っている「可愛い」とは、きっと視点が違っているわけで。
にしても、「好きなミュージシャン」を問うて「顔写真」で判断って。
ねえ。
たとえばあたしゃね、
なにかとそのワイルドなまでの無邪気ばかりが取りざたされるジャニス・ジョプリンにも、無性に愛らしさを感じる。
んが、
きっとこれも彼には通じないだろう。
ドキュメントフィルムを見れば、あるいはわかるかもしれぬが。
青年よ。
まだまだだ。
まだまだだよ。
「面白さ」も「可愛い」も、実はまだまだ多面的で複雑で奥深い、
らしいぞ。
この世の素敵は、
奥が深くて、ヒダがある。
What A Wonderful World♪
☾☀闇生☆☽