壁の言の葉

unlucky hero your key

『火星年代記』

火星年代記/ハヤカワ文庫
レイ・ブラッドベリ著、
 小笠原豊樹訳『火星年代記早川書房 
 以下はその感想です。
 ネタバレと解釈される箇所もあるかもしれませんので、ご注意を。









 野田秀樹の新作芝居『パイパー』。
 その感想は、先月ここに書いたばかりであーる。
 それで、この芝居を観たほかの人たちは、いったいこれをどう感じたのだろうかと。気になっちゃって、あたしゃその感想をネットでさらさらっと当たってみたのだな。
 すると、何かとこの小説のタイトルに出くわしてしまうではないか。


火星年代記


 空想科学小説の金字塔とうたわれるレイ・ブラッドベリの最高傑作なのだそうな。
 ほお。
 ハヤカワ文庫版の巻末には、1950年発表とある。
 となれば、時の淘汰にがっしりと耐えのびた名作だろう。
 どうやら野田自身もその影響について言及しているらしいし。
 そして、ネットのあちこちにある感想にも、その類似を言うものが目立つと。
 ならば読んでみるほかあるまいと、不肖闇生はそれを手に取った次第なのであーる。


 ざっくりと言ってしまおうか。
『火星への入植からその滅亡に至る年代記
 そういう意味でなら『パイパー』は、野田版『火星年代記』と言えるかもしれない。
 けれど双方は、舌触りも切り口も、まったくの別ものである。
 仮にこれをパクリと言うのなら、
 『千と千尋の神隠し』は『不思議の国のアリス』のパクリとなってしまうだろう。


 で、小説だ。
 年代記とはうたっているが、描かれた時代はわずか30年間にも満たない。
 1999年1月から2026年10月まで。
 それを26本の短編で描いた、終末への年代記であるからして、これが実に儚いんだ。
 野田の『パイパー』が、1000年かけて滅亡していく幸福を描いたのに比べれば、まことにもってあっけなく。「おごる平氏久しからず」じゃないが、人間への容赦が無かった。


 中でも特に美しかったのがこれ。
 アメリカ中の黒人が一斉に火星へ旅立ってしまうという一編「空のあなたの道へ」。
 これは、発表が1950年ということを思い合わせると…。
 それと、「沈黙の町」。
 地球で戦争がはじまって、入植者がごっそりと地球に帰ってしまう。
 ロケットはすべて出払って、町にはおいてけぼりを食った男が、たったひとり。
 彼は絶望的な孤独に埋もれていたが、そんなある日、町のどこかで電話の音が。
 自分以外にも火星に残った人がいるというのか。
 となれば、
「あいたい」
 次にいつどこで鳴るのかわからない電話を待って、男は廃墟の町を彷徨いはじめる。




 短編集とはいえ、ひとつながりになっていて、長編の読後感でござった。
 『入植』という文明の衝突で考えれば、別に火星を火星として読まなくてもよいわけであり…。


 ☾☀闇生☆☽