名前。

 レンタルビデオ屋の店長さんをやっていたときのこと。
 ほぼ毎日お顔を見る常連さんで、それでいて世間話をかわすよーな関係でもないという距離感の、そんな会員さんがあった。
 彼女は語学系の専門学校に通うメガネっ娘
 あるとき、いつものように返却に来店されて、カウンターにいたあたしにそのテープを(まだVHS時代だった)手渡しかけてほんの一瞬フリーズなされたことがある。
 うちの店はレジの順番待ちスペースが邦画とアニメのふたつのコーナーにはさまれたゾーン。
 で、彼女はその棚の谷間で、視界の隅になにごとかただならぬものを見つけたらしく。
 それはもう『二度見』という現象は現実にあるのだな。といったコントチックな風情であった。
 邦画の棚にあった一本に気づいて返却しかけていた手を止め、あらためてそのパッケージのタイトルを注視なさった。
 その瞬間、意識は完全にその一本に奪われ、差し伸べかけられたテープは「あとちょっとなのにぃ」な距離で束の間フリーズ。
 んで急旋回。
 ただちにその邦画の一本へと向かったのだ。
 返却テープをキャッチしそこねたあたしの手は、むなしく空を掴んで。
 「おいおい」
 といったあたしの胸中のツッコミが聞こえたのだろう。彼女ははっと我にかえり、ともかくも返却を先に済ませてしまおうと思い直してくれる。
 受け取って「ぴっ」ポスを通す。
 延滞は無し。
 ありがとうございました。
 と言ったときにはすでに先の一本を手にとって、パッケージの解説文に食い付いている彼女。
 自分の貼った『推薦作』シールの黄色い蛍光色が、その手の中に光っている。
 おっし。
 あたしのおすすめ〜。
 ちなみにうちの店には密かにルールがあって、
 万人受けしそうなレベルなのにそのデキに見合うほどは売れてないものに『推薦作』を。
 それとは別に、映画通(最低限アメリカ映画以外も受けつけられる人ね)や単館系好きを唸らせて、なおかつあたしの個人的なお眼鏡にかなうものに『店長厳選』を貼っていた。
 そして新作扱いであるうちは、先入観無しにご覧になっていただきたいという考えから、店員たちの手垢のつかないようシールは『新作』のみ。
 ということで『推薦作』は、難しいことは置いといてエンターテイメントとしていいデキしてるよん、てな扱いなのである。


 彼女はよく邦画をお借りになっていて、
 その棚の変動は毎日のようにチェックされているので入荷状況は熟知されているはずで、
 しかもその手にとった作品はすでに新作から落ちたばかり。
 つまり、ほやっほやの『推薦作』だ。
 首を傾げたり、眼鏡をとったりしながら解説と推薦文を熟読しておられる。
 まもなく彼女はそれを棚に戻しておかえりになったのだが、いったいどの作品に『二度見』するほど気をひかれたのか、推薦シールを貼った当人としては気になるもの。
 確かめると当時クドカンが脚本を担当して話題になった『GO』であった。


 そう確認すると同時にはっとなった。


 そう、これは恋愛に関する物語である、と執拗にナレーションされるこの作品は、そう繰り返さずにはおられないほど政治臭が強い。
 有体に言っていわゆる『在日』の問題がある。
 あたしゃまったくその問題に疎いので、あの映画を当の『在日』の人たちがどう受け取るのかまで、想像もせずに推薦していたのだ。
 あれに『推薦作』を貼る、という姿勢が、その店の政治的姿勢を表明してやしないかと。
 偏った見解を披露した作品ではなかったかと。
 名をふたつ持つ彼女の二度見のおかげで、そのときはじめて意識したのであーる。
 そう。彼女は本名と通名のふたつを持っていたのだ。
 入会手続きを自分で担当したので覚えているのだが、身分証明として提示してくださった免許証にはふたつの名が明記されてあったのである。
 

 はたして、あの二度見はなんだったのか。
 こんなのを『推薦』しとんのかこの店は、けしからんっ。の二度見であり、首傾げだったのか。
 あるいはまだ未見で、つまんないと周囲に噂されていたのに『推薦』とある。ほんまかいな。のそれだったのか。
 もやもやしたまま、それをしばらく引きずっていたのだが。
 それからしばらくして。
 そんなことも忘れたころに、彼女が会員証の再発行に訪れた。
 当然のことながら再度身分証を提示ねがったところ、なんと名前がひとつになっていた。
 日本名のみ。
 あの映画が影響したなんて軽率な考えは決してもたないが、それとは別に当事者としてあの映画を観ただろうことは想像に難くない。
 




 実際のところあの映画は(原作小説とは別にして)彼らのなかでどう評価されたのだろうか。と思ふ。





 さて、
 今夜も夜勤。
 さむいさむい。





 ☾☀闇生☆☽