壁の言の葉

unlucky hero your key

海を割る人。


 作業中、クレームあり。
 歩行者から。
 いつも利用しているる横断歩道が(規制帯に)塞がれて通れんじゃないか、といたくご立腹のご様子であった。
 規制帯ってほら、カラーコーン(パイロン)とそれをつなぐトラ柄のバーで区画された工事現場のことね。


 あたしたちは道路使用許可書にならって誘導員を配置し、横断者があれば迂回のご案内と誘導をしている。
 んが、なにがなんでも横断歩道をあけろと彼はおっしゃるのだな。迂回なんぞしてたまるかと。
 規制帯の横断歩道の部分だけ保安材をあけて、人を通れるようにしろとのことだ。
 ようするに、モーセが海をわたるがごとくに規制帯をまっぷたつに分断せよ、とのことである。
 となると規制の『島』から『島』へ重機や手運びの資材が幾度も往来し、そのたびに保安材をよっこらしょと片付けて、第三者の有無を確認しながら施工する必要があるので、作業効率が悪くなるばかりかそこを利用する第三者にとっても危険は増すだろう。
 通行に時間をとらせることにもなるだろう。
 結果、工事は長引くし。
 ご迷惑をおかけする期間も長引くと。
 いいことは何もない。
 ましてやその横断歩道には信号が無く。
 且つカーブしているためもとから見通しがよろしくない道だ。
 仮にそこを使って横断したところで対面は歩道が途切れているため、歩行者はペイントだけで区画された狭い路側帯をあるかねばならないという環境だ。
 カロリーを大量消費してまでクレームし、モーセになってまで押し通らなくてはならない理由がついにわからなかった。
 そこからわずか10メートル離れたところには信号機によって交通整理された交差点があるのだから。
 そこ使えば安全に横断できるじゃんか。
 しかもそこまでの道のりは車道より一段高く区画された歩道がちゃんと敷設されてあるのだし。
 つまり問題の塞がれた横断歩道は道路に面した住居の住人、および施設の使用者のためのものなのだ。
 んが、そのお方はただの通りすがりだという。
 信号のある交差点も彼のお帰りになる方向と同じ。
 だから、なにもわざわざそこで横断しなくとも、ひとつ先で横断すればいいだけ。
 片交の流れを止めてまで車道の真ん中でがーがーゴネる必要なんかないのであーる。


 あの瞬間、待たされた何台もの通行車にとっては「お前が一番迷惑」だったろう。


 例によって例のごとく我々ケービ員が罵られる。
 我が警備会社の社名を叫んで、○○社のこの規制のしかたは間ちがっていると。
 いっとくが規制計画を練ったのも、申請したのも、警備会社ではない。
 そんなこともわからんらしく。
 てことは、はなから解決を望んでのクレームではないのだな。
 クレームすることが目的。
 ケツがかゆい→こんちくしょうと掻く。
 掻くからさらにかゆくなる→で、くそったれとまた掻きむしるというエンドレス。
 つーこと。


 問題への行動は『解決』を目指してこそであって『痒いケツ』を目指してはいかんのであーる。


 まあいい。
 ともかく監督を呼ぶ。
 使用許可書を手に監督も説明をするが、
「ケーサツの許可なんか関係ない」
 と、にべもなかった。
 関係ないわけないのだが。
 んで、


「障害者がきたらどうするんだっ」


 と、きたもんだ。
 なんとそこへきてその場にいない架空の障害者を盾にしはじめたのであーる。
 嗚呼。
 たかだか私憤のくせに正義ヅラして公憤を騙るタチの悪さよ。
 いるでしょ?「ワタシは別にいいんだけどー、他の人がこまると思ってー」的な論法。
 やっちゃうよねー。ついやっちゃうよねー。みんなのために毒見しました〜的つまみ食い。
 人柱でございますと。
 バスの時刻表や、交通量、歩行者・自転車の通行、車椅子、工事個所に直接影響する商店の営業時間、住人さんの車の出入りまで考えて、できるだけご迷惑のかからないように工事は計画されている。
 その上で、泣くなく夜間作業にしている。
 誰も好き好んでこの寒空に夜勤なんかしたくないし、迷惑なんかかけたくない。
 かけたくはないがそれでも通常の利便性に微塵も影響を与えないで工事をすすめることは、不可能なのだ。申し訳ないが。


 ライフラインを整備するというのは、都市の健康管理のようなもので。
 ノーリスク、ノーストレスでそれを望むのは、運動も食生活も意識も一切かえないで時間すらかけずにダイエットしようとするようなものではないのか。
 ともかくそのお方の言うことをまとめると「横断歩道は神聖不可侵なもの」だそうで。
 いわずもがな、横断歩道の地下にもライフラインは埋設されてあるわけで。
 ガス、上下水道、NTT、電気などなど。
 それらのメンテナンスや耐震化や新設や撤去など、なんじゃかんじゃと工事が要る。
 それはもうね、要る。
 そのときはどうするのかとさすがに監督も問いただしたという。
 するとそのお方、


「そんなの認められないっ」


 と声を荒げたという。
 彼の言うところの神聖不可侵な横断歩道の、そのしましまの模様だって工事として申請され、許可され、規制して、一時使用できないようにしたうえでペイントされているのだ。
 視覚障害者の歩行をたすける点字ブロックの設置作業もまた工事だし。
 それには一時的に通行を規制しなければできないのだし。
 その地下の埋設物工事のためには点字もまた舗装といっしょに一時的にひっぺがす必要がある。
 そのたびに規制をかけて通行者には迂回をしてもらわなくてはならない。
 それも彼は認めんと。


 ときどきいるんだな。こーゆー歩行者絶対教のお方が。


 言っとくけど、チュー坊じゃないんだよ。
 スーツ着た会社帰りの、重役っぽいおっさんよ?
 そんな人が年の初めに夜勤のしがない警備員相手にモーセぶっちゃうんだぞっ。





 そのステータスからは、どーゆー風に世界が見えてるんだろう。





 ☾☀闇生☆☽
 今夜も夜勤す。
 官庁街。
 原チャリで1時間。
 はたして日本のヘソの民度はいかに。