壁の言の葉

unlucky hero your key

敵はどこだ。

 舗装工事現場。
 片交のコンビが下手こいて、お見合いをさせてしまった。
 嗚呼。
 左右交互に車を通すところを、合図の確認を怠って両方から発進させてしまったのである。
 ちょうど真ん中に T 字の縦棒に相当する脇道があって、それは一方通行の出口であるからして、進入禁止と。
 けれど、お見合いした車のかわし合いをするにはそこしかスペースが無い。
 あたしゃ作業帯の真ん中にいたのでやむなくその誘導をした。
 一方の車にその脇道の入り口へ『寄せて』いただき、対向車をやり過ごしていただこうと。
 ところが、その寄せてもらった車の助手席の男性が烈火のごとく激怒されて車を降りる。
 であたしに向かって、怒鳴る。
「一方通行を逆走させる気かっ。交通違反させんのかっ。」
 勘違いさせてしまったのか、もしくは脇道の巻き込み部分に『寄せて』対向車をかわすという一般の隘路では通常シロとみなされる行為も、厳密には逆走で違法であると主張しておられるのかわからんが、キレちゃったヒトというのは人であることを放棄しちゃった状態であるからして理屈は通じないのであーる。
 説明の余地なし。
 頭を下げる。
 申し訳ございません、と頭を下げる。
 本当は『申し訳』は厳然とあるのだが、下げる。
 お見合いさせてしまったことにキレられたのなら、辻褄もあうので頭の提げ様もあろうというものだ。
 んが、そうではないのでつまりが理不尽に屈するというかたちなのであーる。
 で、これだ。
「工事とめさせるぞ」
 出た。
 黄門さまの印篭のごときお言葉。
 コージトメサセルゾ。
 ははー、とひれ伏すとでも思っておられるのだろうか。
 とめてもらいたいわ、ぜひに。こんなクソ現場。と思ふ。
 思いつつ頭を下げる。
 作業員と監督の意思疎通がまるでなってなく、監督は主導権を握っておらず、いなかっぺ舗装屋にやりたい放題にさせている。
 警備員の誘導も聞かずに往来のなかでタイヤローラーを乗り回す。
 そんな現場だから会社に対して発言権のある隊員は、きらって寄りつかないのだ。 
 だからメンバーが固定しない。
 結果、ど新人や、現場のわからない内勤者のヘルプや、片交すらおぼつかないポンコツ隊員ばかりが押しつけられる。
 とめてもらいたいわ。是が非でも。
 夜勤あがりで叩き起こされて、拝み込まれて渋々応援に来て、わけのわからぬちんちくりんにキレられて頭を下げているのであーる。
 片交で下手こいたヤツではなく、その対応をしたあたしがキレられているのであーる。
 

 おもしろいのは、そのキレちゃったお方ね。
 タトゥとピアスまみれでね、
 ドライバー本人ではないのね。
 助手席の同乗者なのよ。
 見るとドライバーは女性で、美人で、おそらくは事態を把握しておられるよーな表情でにやにやとして待っておられるの。
 同乗者の性分も承知しておられるのだろう。
 その相方が車内に戻ると、対向車が通り過ぎるのを待ってバック、そしてふつうに出て行かれた。
 逆走? なんのこっちゃか。
 気づくと監督も一緒に頭をさげていたが、そのあとは別になんでもない。
 監督も何も言ってこない。
 下手こいた片交担当があたしに詫びてくるわけでもなく、他の同僚もフツーに続きをこなしていくだけ。
 印象としては通りすがりに散歩中のワンちゃんに吠えられたって程度だろうか。
 あたしも、自分のミスではなかったから、なんともない。
 ただなんであたしに対してだけキレたのかなあ、と。


 先週ついていた夜の繁華街の歩行者誘導でも、吠える人がいた。
 歩道の路盤を掘削したユンボが、そのバケット一杯にすくった路盤材をダンプに積んでいく過程。
 ユンボが旋回するたびに歩行者通路のキワをバケットが掠めるので、あたしゃそのたびに歩行者にお待ちいただくポジションに居た。
 むろん、歩行者の途切れ目をねらって重機はブームを振るのだが、駅前の大通りという、とてもじゃないが切れ目などそうそうないような状況だ。
 できるだけ通行量の少ないタイミングを狙って、作業を進める。
 お待ちいただくといっても、バケット一杯にすくい上げた土を後方のダンプに積むために180度旋回する、その数秒間である。
 接近する歩行者には余裕を持って、何mか先に声をかけ始める。
「おそれいりますー。少々お待ち下さいー」
 だから実際に足をお止めいただくこともなく、すぐ解放となる場合も少なくない。
 その夜に吠えたお方もそうだった。
 しかも夜行チョッキを着た同業者だった。
 お待ちいただく旨声はかけたが、結局待たせることなくブームの旋回は済んだ。
 その時点でなんたら吠えておられたが、現場を通過して、逆サイドの警備員に彼はタイマンでお吠えになったのである。
 逆サイドの誘導を行っていた彼は、なにもしていない。
 噛みつくなら、あたしのほうだろうが。
 あるいは監督か、作業員に噛みつけよ。
 けど、こういう輩はケガや物損が無い限り、絶対に警備員にしか吠えないし、噛みつかないのであーる。



 ただね、みんな元気だなーとは思った。



 この日、同じ応援組の同僚も、その終了間際に吠えた。
 レギュラー隊員たちのほとんどが、ただ突っ立っているだけで、動かなかったのであーる。
 リーダーと追加の応援組ばかりが動いていた。
 たぶんどこのどのギョーカイでも比率はそんなもんだろう。




 追記。
 逆走しろと誘導したように誤解させてしまったのか、と思ったが。
 その状況をさらに詳しく言えば、
 例の一通にも車があって、停止線で待っていたのだ。
 つまり、T字の縦棒はふさがっていたのであーる。
 逆走しようにも一目瞭然、できない。
 だもんで、余計に不可解なのだ。
 くり返すが、片交を下手こいてお見合いさせてしまったことに対して、キレてほしかったなあ。
 ちゃんと急所をついてくれないと、ちゃんとへこめないっす。

 




 追記。
 そもそもキレること自体が恥ずかしいし愚かしいけれど、ピントがずれてると、目も当てられないものなのだなと。
 たぶんそのズレが気にならないような性分だから、躊躇いもなくキレることができるのだろう。
 それゆえ理屈は通じないし、言葉は通じないのだ。






 ☾☀闇生☆☽