壁の言の葉

unlucky hero your key

少年よ。

 バイク屋に我がクロスカブのチェーン交換を頼むことにした。
 購入先の店に問い合わせてみたが、修理予約が殺到していて対応できるのはかなり先になると。
 そして近隣に姉妹店ができたのでそちらをあたってくれとにべもない。


 めんどくさい。


 未知の店で仮に修理を受け付けてもらったにせよ、完成するまでの現場通勤はしばらく電車ということになる。
 めんどくさいのはまずそれなのだなー。
 夜勤上がりに始発待ちをする日々がまた始まるのかよと。
 またあとの機会にしようぜ、と悪魔が囁いた。
 が、そんな風だから何も解決しないのだ。進展しない。


 人生、先延ばし先延ばしのエンドレスにはまり込んでやしないか?


 と天使にたしなめられる。
 すすめられた姉妹店に電話をかける。
 電話口に出たスタッフのあたりが良い。
 エンジニアでありながら営業マンのごとくに快活で。おしゃべりで。リアクションでかー。
 購入店の技術屋たちの無愛想とは大違いではないか。


 午後いちでバイクを持ちこむことにした。

 
 素人の自分にとっては担当さんがなにかと売り込んでくれるのがありがたい。
 おもえば購入店は余計な営業をしてこなかった。
 良くも悪くも武骨な職人然としており、なによりまず雑談をしてこない。
 必要最低限の会話のみだ。
 だからバイクに詳しい人にとっては風通しの良い店なのに違いない。
 時間の浪費と余計な買い物をさせられずに済むからだ。
 けれどあたしゃ素人だ。
 はばかりながらプロにとってのいいカモだ。
 そんな風では自分のバイクに何が不足なのか、そして+αとしてどんな選択肢があるのかついにわからないままとなってしまう。
 担当さんはその+αを売り込んできてくれるので、はあそういうものがあるのかと知る事ができた次第なのであーる。


 その担当さん曰く、購入時に装備している純正チェーンはあまり良いチェーンとは云えないという。
 簡単に云えば伸びやすい。
 そこに加えて自分はチェーンへの注油を怠ってきたので、その伸びに偏りを生じさせていたようだ。
 ここ数か月は加減速時にぐわんぐわんと前後に揺れるほどだった。
 ぴんと張りつめる箇所とだるんだるんに弛んでいる箇所との差がおおきく開いてしまい、調整では手に負えなくなっていた。
 この純正チェーンが2,000円くらい。
 それよりちょっと品質が上の商品になるとチェーン幅が太くなり、またカブくらいの出力のバイクではなおのこと伸びにくいという。
 チェーンを回転させるスプロケット(歯車)も純正の14丁から15丁へと交換。
 この変更はクロスカブ乗りたちにとっての定番だとは知っていたけれど、これも担当さんの口車に、いやお薦めに従った。
 加速も少し良くなるらしいが、どうだろう。
 死んでいたスピードメーター。このコードも交換を依頼す。
 おそらくコードの接続先である前輪タイヤ軸のなかでも部品が逝っているのだと思う。
 これについても点検で真相は暴かれるはず。おそらくは交換だろうな。
 点火プラグは自分で交換していたが、それも随分前のことだ。エアフィルター、オイルと一緒にこの際なので交換してもらうことに。
 気づけば走行およそ40,000キロ。
 あちこちガタがきている。
 どうせなので12か月点検として申し込んだ。
 見積もりがあがるのは週明けだろう。


 そういえば商談中、店頭にみょうなおっさんが現れた。
 往来からスマホを構えながら店の方に接近してくるのがショウウインドウ越しに見えていた。
 どうやら動画を撮っている。
 そして、満面の笑みである。
 あははははという心の声が聞こえてくるようだ。
 おっさんはそのままガラス越しに店内を撮影し、それから入店して来るではないか。
 ハッピーなビッグスマイルで。


 やべー奴だ。


 あたしゃ身構えた。
 んが、対応に出たスタッフの様子からすると知った客らしい。
 どうやら注文した新車を受け取りに来た、ということだとわかった。
 おっさん、うれしくてうれしくてバイクとのご対面を動画に記録していたのであーる。
 白髪交じりのおっさんがまるでバースデイケーキを前にした少年のごとき笑顔となる事態。うむ。



 優勝



 そういう心、大切だよな。
 遊ぶために買ったクロスカブだったが、あたしゃただの通勤手段にしてしまってしまっている。
 最近ではカブとの関係に倦怠感すら抱いていた。
 ブスめ、のろまめ、不器用めと。
 すっきりとリペアしてやって、付き合い直そうと思う。



 ☾★闇生☀☽