壁の言の葉

unlucky hero your key

横になる。縦になる。


 何年前だろう。
 冬。
 新宿での夜勤がおもったより早く終わって、
 終電は過ぎたばかりだし、
 とはいえネットカフェもなく。
 いや、その頃もあったのだろうけれど正直フトコロが心もとないと。
 まだレンタルサイクルもない時代だった。
 そのころは現場通勤はもっぱらちゃりんこだったのだけれど、チャリで新宿となると1時間以上はかかる。
 やむなく電車で現直していたのであーる。
 もとよりせっかくのその夜の稼ぎを始発待ちの時間潰しに使ってしまうのももったいないと、そう考えるのがあたしらの業界だ。
 じっとしているのもなんなので寒さ凌ぎに街を彷徨った。


 されど夜は長い。
 歩き疲れてちょっと腰をおろせそうなところを探す。
 南口のタイムズスクエア前にベンチを見つけてしばし休憩。
 そのまま睡魔におされ、口説かれ、だらだらと姿勢を崩して目を閉じる。
 ふと肩を叩かれて目を開けると制帽をかぶった男の顔が目の前に。


「横にならないでください」


 我にかえり縦になった。
 姿勢を正した。 
 タイムズスクエアの夜警なのだろう。
 ビルの庇の下やベンチなど、雨風が凌げそうなところにたむろされぬよう巡回しているらしい。
 公道との境界は明示されていない。
 ということは公共に解放されているスペースではあるが厳密には私有地ということになるのだろう。
 でなくては警備員にそんな指図をされるいわれなどあろうはずがないのだ。
 横になる、つまり寝ることは許さんと。 
 野宿と見なすぞと。
 そーゆーことらしい。

 
 世知辛い。


 姿勢を正して目を閉じる。
 ひたすら寒いだけである。
 苦行である。
 なのでまた歩くのである。


 仲間のなかにはマックで時間潰しをする派もあった。
 けれどあたしゃコーヒー一杯で時間潰しというのができないたちで。
 どうしても店員目線で考えてしまうのだな。


 歩道にある地下鉄の階段はどこも先客がいる。
 相席するには気まずい距離感だ。
 ふと西口の地下なら少しは寒さが凌げるのではないかと考えた。


 其処彼処にダンボールが散らかっている。
 閉店時に各店舗が出したゴミだろう。
 ちらほらと先客の姿。
 みな段差に腰を掛けて膝を抱えていたり。
 壁にもたれてコートのフードをかぶっていたり。
 広いぶん互いの距離はたもつことができる。
 適当に場所をみつけて腰をおろした。
 目を閉じて眠ろうとするが眠れない。
 その頃はスマホはおろかケータイもない。
 ひたすら時間の過ぎるのを待つ。
 

 いつのまにかウトウトしていた。
 周囲がざわつきはじめ、目を開けると、それまでゴミだとおもっていたあちこちのダンボールの中からわらわらと人が現れるではないか。
 みな身綺麗で、ホームレスには見えない。
 彼らは自分が使ったダンボールを手際よく畳むとそれを元の場所、店舗の前などにもどしては改札へと向かっていく。
 手つきが慣れている。
 きっと始発待ちのベテランたちなのだ。
 終業が終電後になってしまう職業なのだろうか。
 居酒屋の店員さんとか。
 毎晩のことならばなるほどこういう手があるのだなと感心した。
 仕事ならばひと月、半年、一年と続く。そうならば馬鹿にならない。
 お金は節約できるのだろう。
 けれど、時間はどうだろう。
 もったいないなと思う。


 それまでもったいないと思っていた原チャリの購入を心に決めた夜なのであった。


 ベンチ。
 あるとき東京都は公共の場のすべてのベンチにひじ掛けを取りつけた。
 その効果でベンチを独占するホームレスの姿はなくなった。
 ベンチでごろ寝する酔っ払いの姿も激減した。
 けれど思う。
 災害時や急病人のあった場合に横になれる拠点が激減したのではと。
 疲れ果てて、ちょっと横になりたいと思うことがある。
 行儀の悪いのは承知の上だ。
 へとへとになって、せめて休憩中だけでも横にならせてよと。
 ひじ掛けのないベンチがあったらなーと。



 そういやかつて作業員として常駐した現場には、休憩所に仮設ベンチがあったな。
 緊急時には担架にトランスフォームできる代物で。




 
 ☾☀闇生☆☽