壁の言の葉

unlucky hero your key

疲れた。


 こればかり聴いている。
 いまもこれを流している。
 夜勤前。


 どうにか昨夜はやり遂げた。
 走り回った。
 汗かいた。
 初日にむっつりとして返事もしてくれなかった他支社のおっさんが、この日はこちらの問いかけに少しずつだけれどリアクションをしてくれるようになった。
 他現場で毎晩顔を合わせながらもついに一度も目を合わせてくれなかった別のおっさん隊員も、なんども名前で呼びかけているうちに遂に友好的なコミュニケーションをとってくれるようになった。


 粘り勝ち。


 現場代理人によれば、 
 もともと日勤現場なのだそうだ。
 んが、クレームが入って夜勤になったという。
 昼間工事をするな、と発注者に直電してきたそうで。
 そして地元議員の名前を出して圧をかけてきたという。
 発注者が折れたのなら施工は従うしかない。


 その日勤期間についていた初代職長は出禁にしたとのこと。
 事情は知らないが、うちの支社でもまいど先方からダメ出しをされることで有名なベテラン隊員某である。
 仕切れないのになぜか彼は職長を引き受ける。
 あらゆる現場で出禁をくらい、それでも職長として配置されつづけるのは、できる奴ほど職長を拒むからであり。
 それは役割と責任と労力に対する対価が、適切ではないからで。


 有体に云えば職長手当というものがないからで。


 それは今日入社した何の戦力にもならない新人と日当は同じということで。
 それでいて職長は彼らがやらかすポカのケツぬぐいをし、戦力の不足を補い、頭をさげるはめになる。
 下調べをし、先方と連絡を取り合い、気の粗い作業員や親方にもうまく合わせて折り合いをつける。
 自分を曲げる。
 結果、そんな役割を引き受けてくれるお人よし隊員は限られてくる。
 とはいえ現場の数だけ職長は必要だ。
 なので渋々その出禁隊員にも、仕事が振られてしまうのである。
 断らないから。


 二代目職長はあたしの師匠的存在。
 新人の日勤時代になにかと教わり、至らないあたしを技術的にフォローしつづけてくれた恩人。
 それよりもどんな状況でも愉しんでしまうことの達人として尊敬している。
 彼は日勤専属なので夜勤専門となってしまったあたしとは疎遠になってしまった。
 しかしこの先、施行箇所が日勤が許可される地帯にすすめばまた師匠がつくことだろう。
 そしてあたしが勤めた夜勤施工の話題に代理人はふれるやもしれず。
 となれば師匠に恥をかかせたりできないわけで。



 ともかく、疲れたよ。
 土日を満喫するために金曜を早く仕上げようというのが目標だった。
 だから木曜は施工の無理をしたようで。
 時間にはぎりぎり収めたが、かなり舗装距離を欲張っていた。
 そのおかげでこの金曜は狙い通りに零時前に終了。
 けれど、走り回ったよ。汗だくになったよ。


 状況判断、状況判断!
 アドリブ、アドリブ!


 規制は昨夜と同じ三方向の通行止め。舗装の終点ではダンプが交差点を塞いでしまうためそのときだけ更に通行止めが増える。
 内勤者は現場経験がないから通行止めは立ってるだけというイメージでいる。
 実際はもっともクレーム率の高いのが通行止めなのだ。
 施工区間の住人の動線を刻々と変わり続ける施工状況をふまえて案内する。
 通りすがりの方たちへの迂回路の説明。対応。
 これをやる気のない、他人事で参加する他支社からの寄せ集めで組織しなくてはならない。
 図面を予め拡大コピーして渡しても、読み込もうとしない。
 


 はじめましての隊員が大半。
 心を閉ざし切った連中を、冗談や丁寧な説明で懐柔しながらどうにかこうにか形にはした。
 自分なりの最善は尽くしたつもりよ。
 親分肌でもないのに仕切りをやる。
 いや、
 押し付けられただけのこと。
 やはり向いてないと思う。
 これしきのこと本当なら鼻歌でも歌いながらちゃちゃっとできちゃうのだろう。出来る人たちは。
 


 でもまあ、おつかれ。
 今夜は勝手知ったる現場だ。
 しかも土曜なので休みの現場が多く、全員をうちの支社の連中で占めることができた。



 おつかれ。