壁の言の葉

unlucky hero your key

午前一時。

 今夜も二十時ごろから始まった。
 階下の生保の呑んだくれによる床どんどん。
 

 どん、どん。
 

 
 と鳴って、どたどたどたと部屋のなかを足を踏み鳴らして歩く音が聞こえ、
 またしばらくして、


 どん。……どん。……どん。


 それが二十三時くらいから変化する。
 おめき声、唸り声が合間にはさまれ始める。


 どん。……どん。んがああああ。
 どん。……どんどん。ああああああが。
 どん。………どんどん。
 おあああああ。


 つらそうだ。
 いま一時。
 どんどんより、唸り声の方が多くなってきている。



 ああああああん。
 あああぅ?
 があああああああ。
 ぅうぬ。
 どん。
 ぐうううううう。


 そこにいない記憶の中のだれかを罵っているふうでもない。
 なんらかの事情で隣に怒っている風でもない。
 だいいち言葉になっていない。
 昼間っからおっぱじめるときもある。
 夏などは、窓を開けはなしているからもっとひどい。


 仏像でもこっそり届けてみようかとか。
 猫とか飼いはじめしたら、案外変わるんじゃないかとか。


 一方、二階のあたしの部屋の隣には、元ホームレスの老人が住む。
 彼を探しあるいていた妹さんが、このアパートでついに兄をみつけた折に、隣のあたしに事情を教えてくれた。
 施設ガードマンをしていたそうだが、ある日体臭をクレームされてそこでスイッチが切れた。
 無断欠勤のまま行方知れずとなり、その後、ホームレスになったという情報を得る。
 妹さんは兄の自殺も覚悟していたそうだが、警察に相談したところ、
「自殺するような人は、ホームレスにはならない」
 と励まされたという。
 ホームレス歴は二年間。
 その後、なんらかの機関が助け出したのか生保となり、このアパートにすみはじめた。
 亭主の協力を得て、妹さんはそこでやっと兄を見つけ出したのである。
 時おり役所の巡回が訪ねてきているが、普段から気配を消している。
 ときどき、
 何かの発作なのか、やはりうめく声を壁越しに聞く。
 しかし階下の呑んだくれとはちがって、苦しんで吐いているような。
 おそらく持病だろう。


 階下には、もう一人、生保が住む。
 その人は体が悪い。
 目の前で生保の証明ぽいカードを彼が落としたのを拾ってあげたことがある。
 肥満体で、足が悪く、挨拶するとえらく腰が低い。
 その彼もひっそりと申し訳なさそうに生活をしている。
 そして彼らは外出自粛になるまえからずっとずっと部屋にいる。


 どん。……どん。
 があああっ。
 どん。

 
 
 
 ただ税金を使って人生の消化試合をさせるのではなく、何かないかなと思ってしまう。



 ※追記。
 午前二時半までまだどんどんやっていたが、現在四時二十分。ごろごろといびきが聞こえる。
 たぶんヤツのいびきだと思ふ。
 疲れたろう。
 やすらかに。


 闇生