下の階に住む生保の呑んだくれの老人が、また壁をなぐっている。
もしくは床を踏み鳴らしているのか。
柱に頭を打ち付けているのか。
よくわからんが、どんどんうるさい。
エスカレートしてくると、合間合間におめき声がはいる。
言葉にはなっていないので、何にたいしてお怒りなのかいまだに不明だ。
具体的な対象がないからこそ、壁をなぐり、おめくのだろうとは想像する。
彼を怒らせるような騒音も振動も、他の部屋からは感じられないし。
むしろ、そいつの部屋のつけっぱなしのテレビだかラジオの音だけが聞こえているだけ。
まあ、つらいのだろうな。
黒澤明にふれた文章を書いたから、それで連想してしまったが。
『どですかでん』で酒乱の男が往来で刃物を振り回すエピソードがあった。
あぶなくって誰も手が付けられない。
そこへご隠居がよろよろと現れて、いわく、
「お一人ではお疲れになるでしょうから私が代わりましょう」
酒乱は正気に戻ってしゅんとなって、すごすごとうちに帰っていった。
このアパートにご隠居はいない。
つらいのだろうな。
闇生