壁の言の葉

unlucky hero your key

『アンナと過ごした4日間』感想。

アンナと過ごした4日間
 とかなんとか抜かしつつ、
 結局観たぜ。
 まずは『アンナと過ごした4日間』。


 類型として『仕立て屋の恋』を思い出さずにはおられなかった。



 友だちもいない。
 寝たきりの祖母と二人暮らしの、社会的にも冴えないひとりもんのおっさんレオンが、とある女性に心を惹かれ、純愛なるストーキング行為に及んでしまうという。
 そう。上に挙げた『仕立て屋〜』が発表になったときは、まだ「ストーカー」なる概念は、まるで根づいていなかった、はず。
 してこの、決して結ばれることのない哀しき純愛物語も、その後にこの概念が流行し、定着してからというもの、意味を変えられてしまった。
 けれどこの『アンナ〜』は、はなからそんな時代の中に作られているわけで。
 そのぶんだけ主人公のおっさんへの感情移入を誘導するには、ハードルが高いと。
 作り手にはけっこうな勇気が要ったはずである。
 ただでさえ嫌われもんのおっさんが主人公だもんで。
 嗚呼、おっさんよ。
 その恋に、ひたむきになればなるほどに愚かしく、
 滑稽で、
 慕われる女性の視点で考えたなら、やっぱきもいわけです。
 はい。
 不気味ですらあるわけです。
 ええ。
 とどのつまりが、哀しいのです。はぐれたおっさんの出口のなさが。
 

 とりあえず、
 感想は後で書く。


 ……とのたまったが、やっぱりここでやっつけておく。
 上記ですでに書きかけているので、ね。
 まずはあまりデキのよろしくない予告編を。




 




 これ、ナレーションが要らない。
 コピーが陳腐。
 「愛の手段、その1」とかなんとかで映画の印象を軽くしようとしているたくらみが、軽すぎる。
 そういうノリで観る映画ではないと断言しておく。


 以下、ネタバレで。





 
 物語は予告編にもあるとおり、
 この貧しくさえないおっさんレオンが人知れず恋に落ちるというお話。
 その出会いはなんともショッキングで。
 釣りの帰りみち、雨宿りに立ち寄った納屋の中、看護婦アンナが何者かにレイプされている現場に遭遇してしまう。
 そのときレオンは恐怖と驚愕のあまり、その暴行を制止できなかった。
 以来、彼はアンナを気に掛けはじめる。
 家の窓から、ちょうど彼女の部屋の様子が見えるのだ。
 見かけるたび、夜ごと日ごとに思いはつのり、ついにレオンは彼女の部屋に通い始める。シュガーポットに睡眠薬を仕込み。それをつかった彼女が眠りにおちるのを待ち、夜更けすぎにいつもみていた窓から中へと……。
 そこまでしておきながらしかし彼は、あくまで純愛を通そうと、こらえるのだ。
 ある晩は、ほつれたボタンをつけてやり。
 またある晩は、洗い忘れた食器をかたずけ。
 にぎやかな誕生パーティの夜は、遠くから窓をのぞいて、一緒に乾杯を。
 けれど、そんな関係が長く続くはずもなく……。

 
 さて、
 思わせぶりな編集でミステリー臭をあおる語り口は、どうだったろうか。
 うまかったのか。
 がオチを知ってしまえば、それらは枝葉のことなので、なんだそんなことかとも思う。
 たとえば、主人公レオンの素性。職業。
 大きな斧を買い。
 誰かの手を焼却炉で焼くシーンがあり、
 初めのうちは、彼がいったいどんな目的で行動しているのかわからなかった。
 時間軸もいじっている。
 レイプ事件のその後の顛末を挟むなどして、観客に考えさせている。
 それがこの地味でちっぽけな話に、適切な緊張感を保たせていたのは確かだ。
 

 配役がすばらしいと思う。
 数学者であり大道芸人でもあるピーター・フランクルみたいな見てくれの人を主人公にして。
 そして、アンナもまた、決してモデルのような体型ではく。
 豊満で、レオンが恋に落ちたのが腑に落ちるような、まなざしに聡明で悲しげな美しさを湛えている。
 くわえて建物が良い。
 汚しがけでやったのか、
 それとも実際の古い小屋を使ったのかは知らないが、それ自体が歳月を匂わせているから画面が重厚で、よってこの愛すべき愚かな中年の、本来は滑稽であるはずの物語を、軽薄なものに貶めない。
 

 レオンにとっていつしか『覗き』は、『見守る』という意味合いを持ち始める。
 純潔の継続は、おそらくは密かに正当性を抱かせて。
 思えばあの『ロミオとジュリエット』の恋物語も、ロミオの窓覗きからはじまったはずではなかったかっ。
 めっ。
 嗚呼それなのに、
 それなのに、
 男側が冴えないノケモノのおっさんだと、なにゆえこうなってしまうのか。 
 自宅の壁をくり抜き、
 ぶち壊して、
 彼女の家に向けた急ごしらえの窓をしつらえるあたり、彼の不甲斐ない半生という分厚い壁に突破口をうがつがごとしである。
 彼にとってそれは希望だ。
 忘れかけていた積極性だ。
 目の前のレイプすら制止できなかった彼にとって、おそらくは生まれて初めての行動なのだ。
 まぎれも無く、愚かな狂気にほかならないのだが。
 その、光をもとめて壁をやぶるレオンの行為に、アンナがどう応えるのかまではここに記すまい。
 



 レオンの手にしみついた汚れが、印象的だった。
 それが、指輪を渡そうとする大切な夜は、きれいにしてあるなんて。
 健気な変態だよね。まったく。
 


 



 ☾☀闇生☆☽ 


 パーティの夜の一連の行動は、あまりに切なく、そして滑稽だ。
 放浪紳士チャップリンのパントマイムを彷彿とさせる。
 景色、建物のたたずまいがいい。


 追記。
 上記した、いかにもなミステリー臭を強調した冒頭。
 猟奇的な何事かを連想させておくことで、実態は覗きと家宅侵入に過ぎないという落差を狙ったものだとわかった。
 流血沙汰からすれば、可愛いものだと。
 日常から臆病な狂気へと導くのではハードルが高いが、
 猟奇的な狂気のイメージから、臆病な変態へと落とせば、入りやすい。