昨夜『ポニョ』やってたのね。
観なかったけど。
感想は公開当時にここへ記したので、繰り返しません。
↓
http://d.hatena.ne.jp/Yamio/20080808
http://d.hatena.ne.jp/Yamio/20080810
http://d.hatena.ne.jp/Yamio/20080821
んが、
公開当初からよく言われた作中の疑問として、これがあります。
淡水魚の金魚が、なにゆえ海を泳いでくるのか。
ポニョは金魚姫のお話だという情報は、制作中からのもの。
けどね、
あたしゃかつて『ハウル〜』の事前情報に踊らされたクチですから。
ハウルは当初、人々が生きる兵器として化け物に改造される。そんな設定だったはず。
けど、蓋を開けてみれば、そんな悲劇の兵士たちなんて出てこないし。
よって彼ら半獣・半人の壮絶な葛藤などカケラもなく、
せいぜいのところ戦争を憎悪するあまりに我を忘れたハウルのタタリ神化。それにとどまった。
つまりは、
宮崎は物語を練りながら、制作を進めるヒトということでしょ?
まずイメージありきで、それを具現化するのに理屈や技術と格闘する。
変更もあたりまえだ。
いわゆる金魚姫情報のとき。
いっしょに流布されたイメージ画が、あの、瓶詰めになったポニョで。
だもんであたしは勝手に、あの瓶が淡水を詰めた潜水服のような役割になって、それで金魚が海水のなかを漂流してこられるのだと想像した。
その無理が生じて酸欠で気絶してと。
けど、
実際は、作中のとおりでしたねえ。
むろん、宮崎自身がうっかりしていた、としても、それは所詮は楽屋話かと。
そこで思うのだ。
公開時に一度観ただけなので、記憶があいまいですが。
はたしてポニョは金魚であると、本編中で説明されました?
はてさて。
映画は、本編内の情報を最優先して批評するのが基本。
んなこた言うまでも無いですが。
どうでした?
言ってました?
あたし金魚っ、的な。
ううむ。
言ってなかったと思うのですが。
記憶力に自信がありません。
言ったにしても、淡水魚・海水魚の区別のあいまいな子供、つまりは宗介のセリフだったような。
赤い魚は金魚、っていう子供らしい判断。
海でひろったポニョを水道水をはったバケツに入れちゃうのも、それゆえだろうし。
そのバケツを覗き込んだ大人が言ったのだとしても、所詮は主観と。
赤い魚は金魚、という。
そもそも、あの人間の顔的なものの付いた魚的な赤色的な生き物的なもの。
エラも無く。
ふさふさとした髪まであって。
冷静な大人ならあれを金魚とは捉えますまい。
海の神らしき巨女と、謎の研究家カジモトの間に生まれたのが、金魚だなんて。
前にも書きましたが、あれは化け物か。
もしくは自然伸か。
ならば淡水・海水なんて区別は、邪魔っけになりますわな。
つーことで、
『金魚姫』は、『人魚姫』を超えようぜという、創作の現場にかかげられた洒落っけたっぷりのスローガンであると。
勘違いもふくめてチーム内のそれであったと。
あるでしょ、
歳の初めのお父さんの、家庭内宣言みたいな。
それを宣伝チームが外へもらした。
あたしゃそうとらえているのです。
☾☀闇生☆☽
追伸。
公開当時に大橋のぞみちゃんが言った、
「(ポニョは)ぽにょぽにょしてるから好き」
これに尽きるのです。
あたしなんぞののたまいも、
プロの賢しらな批判も評論も、
結局は子供の感受性をゆさぶった「ぽにょぽにょ」した質感と、シンプルな「好き」に撃沈されるのです。