壁の言の葉

unlucky hero your key

青さ。

 

 押し入れの奥から古い日記がみつかった。
 大学ノートに書きなぐったもので、まだワープロも使っていなかった時代のだ。
 かつてこれらは大量に所持していたのだけれど、すべて廃棄したつもりでいた。
 なんせどれもこれも我がケツ青き鬱屈した日々の記録でなのであーる。
 読み返す価値もなく。
 ページをめくれどめくれど青々としたケツっぺたが延々と繰り広げられるだけで。
 んが、そんな苦い日々も、いつかは笑って振り返ることができるはずと思って記していたのだが。
 おっさんとなった今も、現状はなんら変わらない。
 社会的にはあいかわらず下の方でうだうだやっているだけだし。
 おまけに文章に読みごたえもなく、
 ひねりも面白みもなく、
 むろん独創性も芸術性もないので、死後に発見されてヘンリー・ダーガーのようにもてはやされるという望みもない。 
 だもんであるとき捨てたのだな。ごっそりと。


 その棄て忘れがこのたびめっかったと。  
 なんとも苦々しい想いがしたが、せっかくなのでパラパラとページをめくってみた次第。
 で、時代は某カルト教団が世間を騒がせていた時代だとわかった。
 水中クンバカだの、サティアンだのという言葉が飛び交っていた時代。
 で、あたしはといえば、代々木のはずれにあるちっぽけなレンタルビデオ屋の雇われ店長さんをしていた頃だ。
 あられもなくVHS時代でござった。
 それはレンタルビデオの全盛期であったとあたしゃ今でも確信しており。
 映画を自宅で観られる、ということに誰もがトキメキを感じていた時代で。
 実際、常連客にそんな言葉で感謝されたこともある。


 すごい時代だよねー。
 自宅で映画が好きなだけ観られるんだものねー。


 一日働いて帰宅したらMTVとレンタルビデオ
 それで充分に日々を愉しめた。
 事実、米国で宝くじを当てた男がレンタルビデオ店を丸々買い取って、そこに住んだというからビデオ屋は『夢』だったのである。
 うちの会社においては全盛時には都内に約八店舗。
 ロスのリトル・トウキョーにも三店舗ほどを店をかまえたが、それでも当時としてはよくある地元密着型の店舗展開に過ぎず、規模もありふれていたとおもう。
 ロスの店は、在米邦人向けであって、日本で録画したテレビ番組をそのままダビングして貸し出していた。
 著作権もいまほどうるさくなかったのである。
 おもしろいのが、番組の途中にはさまれるCM。これをカットしないでくれ、という会員さんたちのリクエストがあったこと。
 国内ではビデオデッキにCMを排除して録画する機能が標準となり、もてはやされていたのでこれには驚きでしたな。
 なるほど、CMにも『日本』らしさがぎっしりと詰まっているわけで。
 彼らは日本を味わおうとしていたのである。


 その頃、都内ではまだTSUTAYAもそれほど見かけなかったと思う。
 それがいまやネットでほいほい観られますものな。映画なんぞは。
 ありがたみも薄れた。
 てか、麻痺した。


 それはともかく、日記だ。
 筆跡があきらかに異なるページがある。
 手紙をそこに糊付けしてあって。
 読んでみると、あたし(店長)への謝罪文であった。
 年上の後輩があるときシフトをすっぽかして、そのまま消息不明になった。
 数日たった開店前、カウンターに置き遺されてあったのが消えた彼からの手紙で。


 彼は当時、売れないアイドルと付き合っていた。
 つまり売れないアイドルとビデオ屋のバイト君という組み合わせだ。
 もう、それで充分にネタになるのだけれど。
 ビデオ屋のバイト風情が売れないアイドルに惚れて、
 付き合って、
 貢いで、 
 同棲して、
 家賃折半の約束を反故にされ、
 バイトに穴あけまくって金策に走りまわり、
 それでも無断で50万の犬を購入され、
 衛星放送が観たいと知らぬ間に契約され、
 コレクションの大量のCDを勝手にすべて売り飛ばされて、
 結局はエッチもさせてもらえずに逃げられるというお話。


 で、彼は、現実から逃げた。


 仕事から逃げた。
 何日か仕事のあとに家を訪ねたが留守だった。
 一人暮らしだし、
 まさかとは思うが失恋直後の音信不通でもあるので、もしものことを考えて大家にたのんで室内を確認してもらった。
 とるものもとらずに逃げた。そういう痕跡だった。
 
 
 店はといえば、基本ワンオペ。
 朝の10時開店で深夜の2時に閉店する。
 奴にばっくれられて、あたしゃそれをひとりで勤めた。
 とはいえ2時に閉店したところで、電車がない。
 逃げた彼は遅番で、店から歩いて帰ることができたがあたしゃ電車で一時間。
 当時、ネットカフェも漫画喫茶もなく。
 店内にダンボールを敷いて寝た。
 始発で帰ったところで、往復2時間。
 10時には開店させねばならず、そのまま店を開けた。



 恋は盲目という。
 だもんで、人の恋路は簡単には笑えない。
 けど、
 それも三十年が経とうとしているのだ。
 奴がどこでどうしているか知らないが。
 なんじゃかんじゃ言ってもケツ青き恋だ。
 笑ってやろうじゃありませんか。


 追記。
 同棲で家賃折半。
 これの失敗例をいくつも知ってます。
 逆パターンで男に逃げられたパターンも身近にありました。
 シェアは束縛の一面もあるのですな。
 両面見ないとね。
 相方がコケたとき、自分ひとりで背負えるかを考えておくことは大事かな。
 恋の真っただ中だと失恋や浮気、別れるという事態を想定もしない。
 けれど、怪我や失業という事態だってあるやもしれず。
 いざとなったら自分が背負えばいい。というくらいの気概と準備がないならば、やめといたほうがいいかなとは思う。



 ☾★闇生☀☽
 
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