壁の言の葉

unlucky hero your key

Behind The Mask.

Fresh収録。



 よくほら、鼻が詰まると、味がわからないと云うでしょ。
 あれとおなじようなものだと思うのだ。


 実はこの数か月、同僚の顔が見えないでいる。
 というのも、
 彼はひどい花粉症で、室内でも巨大な立体マスクが手放せないほどなのである。
 愛用のティッシュはメントール入りの極上シルキー仕上げ。
 自腹で大人買いして、それを控え室に高々と積み上げている。
 それはもう、そこらのパンピーとはいっしょにせんでくれと、箱が上から目線で威圧してくる気高さである。
 ためしに一枚おこぼれにあずかった。
 んで、吸ってみた。
 揉んでみた。
 そりゃもう、大変なもので。
 まず目にしみて。
 でもって、すぅはぁすぅはぁ、やってるだけで焦点がイっちゃうんだな。
 これでもってバスタブをふかふかに埋めて、まっぱで思いっきりダイヴしたいわぁ。
 などと妄想してしまうほどの肌触りとメントールぢからなのである。

 
 すぅはぁすぅはぁ。


 にしてもだ、
 休憩ごとに専用の薬品で目を洗い、薬を服用している彼の姿は、まことにもって同情にあたいする。
 就寝中も、己がくしゃみで目覚めてしまうというのだし。
 睡眠不足もあいまっては、つらかろうて。

 
 問題は職場がそんな彼とふたりきりという点で。
 つまり、この数か月というもの、あたしゃ彼の表情をほとんど見たことがないわけで。
 だから、話のリアクションがわからない。
 一週間や二週間なら、まあ気にならないさ。
 けれど、一日を終えて、人と接触した感触が残らない。なんてことに、だんだん気が付きはじめる。
 目は口ほどに物をいう。
 とはいうものの、実際に眼だけしか見えないと、そうとうに味気ない。
 悪いが、不気味だ。
 箱男にじっと見つめられているような。
 喉もきついらしいから、相槌も出し惜しむし。
 そうなると、こっちゃ反応が期待できないから、自然とノリツッコミになってくるわけで。
 ほとんど独り言状態。
 ボケ爺さんだ。
 俺は、ボケ爺さんだ。


 ごみ箱は連日こんもりと、
「勤務中にコイたの?」
 てな賑わいである。
 爺さんすこぶる元気なのでのある。
 

 嗅覚を奪われると味覚が狂うように、
 表情が見えないのが長引くと、何かが狂い始める。
 
 


 ☾☀闇生☆☽

 
 Eelsの曲Freshには、あたしゃ何度も救われた。 
 これ聴いて晴れた日にウォーキングしてごらん。
 効くぜ。