壁の言の葉

unlucky hero your key


 家路を急ぐ一本道。
 夕暮れどきの切り通しの坂である。
 えっさほいさと上っていくと、坂の上から女の子が二人。肩を寄せ合って下りてくる。
 小学校一年か、幼稚園の年長さんか。
 一方の子がもう一方の子に、なにやらこそこそと耳打ちをしている。
 ふと、前方から大股に突き進んでくるあたしに気づいて、二人は路肩に身を寄せた。
 言っても、そこまで狭い道ではない。
 それに双方ともに道の反対側を歩いている。
 それなのに、耳打ちをしていたほうの子が目を見張り、あからさまにこちらを警戒し、あろうことか、友だちを自分のうしろにかばったのだ。
 相手が子供とはいえ、あまりいい気分はしない。
 んが、
 子供はこんなあたしを怪しいと直感したのに違いなく。
 その純粋な感受性でもって、なにかしらのやましさを、あたしから嗅ぎ取ったらしいのだ。
 無念。
 たしかにろくでもない奴ではある。
 けれど、そんな趣味は無いぞ。そればっかりは断じて無いのだぞ、と通りすがりに言ってきかせるのもなんだし。
 それはそれで確実にアブナイ奴だし。
 そんな印象を抱かせたこのイタイ大人が悪いのだろうと、ああそうだろうよと、あたしゃひたすら坂を上ることに熱中した。
 断じて見るもんか。
 この大人は、お前さんたちに微塵も興味をもっていないのだぞ、と。
 二十年後にまた会おう。
 巍然として前方を睨んだのだが、二人のふるまいは目の端にぼんやりと、わかる。
 その子らの横をすぎるときも、かばっていた子は、少しも警戒を怠らないようで。
 それはさながらアイスホッケーのキーパーがゴールを死守するがごとくにだ。
 背中の友だちを中心に両手をひろげ、カニのように横に歩いて、あたしから隠しつづけた。
 守りつづけた。
 すまん、繰り返す、


 無念。


 そこまで怪しみますか。
 いったい俺はなんなんでしょうか。
 ゾゾンボルゲか。
 ゾゾンボルゲってなんだ。
 でもなんかそんな悪の怪人めいたやつか。
 やつだ。
 だからこんな見知らぬ子どもにさえ、警戒されておるのです。


 こんにちは。ゾゾンボルゲです。


 さすがに去りながら凹んだが、せめてその凹みをぴちっと埋める凸型の理由が、知りたい。
 たしかに、見るもんか、と一度は心に決めはした。が、そこまでおとしめられれば、堕ちがけの駄賃に知っておいてもいいだろうさ。
 とは思うものの、振り返ってもし、あの子がまだ警戒を解いていなかったとしたら。
 じっとこちらを睨んでいたら。
 ゾゾンボルゲはさらに哀しむことだろう。
 それでも、やっぱ見たい。
 いや見ちゃいけない。
 でも振り返りたい。
 ええい、ここまで距離をおけばよかろうと、思いきって振り返った。
 ふたりはふたたび歩きだしていた。
 かばわれていた子はうつむいて。
 かばっていた子はまた友だちに寄りそい、なにかを語りかけながら。
 そして、そのもみじのような手を、友だちのお尻にかざしていた。
 なんと、ズボンのおまたが濡れていたのだ。
 友だちのその失態をかばい、慰めながら、家まで送り届けるところなのだろう。きっと。
 

 あの年頃からでも、友情は育まれるのだなと。
 孤独な怪人は思うのだった。




 


 ☾☀闇生ゾゾンボルゲ☆☽