壁の言の葉

unlucky hero your key

電話。

そりゃもう、めろめろだ。



 
「あら、電話ね」
 そうつぶやいて、女は席を立った。
 電話は鳴っていない。
 けれど、彼女は受話器をとると、
「おじいさんよ」
 いたずらっぽく微笑んで、目配せをした。
「こっちに着いたら、俺が家まで案内してやるぞ、だって」
 吹き出したいのを、こらえながら。
「お前が、もうじき着く頃だろう、ってさ」
 まったくもう、相変わらずせっかちなんだから。
 そうつぶやくと、女はまた息子の棺のそばへもどった。


 ちゃんと天国まで飛んでいくのよ、ブラザー。
 そしてわたしの席もとっておいてね。ブラザー。
 ちゃんと天国まで、ね。




 それは勤務中のこと。
 店内BGMにしていた『ゆうせん』。
 あろうことか刺客はそこに潜んでいたのだった。
 NEW DISCチャンネルから流れてきたその歌声に、やられた。
 不肖闇生、出会いがしらに抜き打ちにされたのでござる。
 でもって、仕事中にもかかわらず、
 哀しくも楽しい、ゆるゆるにされちまったのだ。 


 すまぬ、


 勝手にやられちゃって。
 だってさ、
 やらせてくんないんだから、やられちゃうしかないじゃんよ。
 じゃんよ、と言われたところで、なんの話だかっつー話だが。
 その声はかねてからFMで耳にはしていた。
 でもって気にかけてもいた。
 気持ぢいい。
 けれど、所詮は行きずりよぉ、などと強がってこの自慢のなで肩で風切っておったのだ。
 これまでは。
 んが、
 んが、
 んがっ、
 今回のばかりは、辛抱たまらん。
 もはやむっつりスケベをかましてる場合じゃないぞと。
 年季が入りすぎて、むっつりの達人だぞと。
 んなもん極めてどうすんだと。
 うん、
 つまりは惚れたのだ。
 その声に。
 とろんとろんにされちゃったの。
 んで、タワーレコードに走ったの。


 その女、ERYKAH BADU(エリカ・バドゥ)という。
 アルバムは彼女の新作、
 『NEW AMERYKAH PART ONE(4th World War)』である。


 冒頭の一文は、このアルバムのクライマックスともいえる楽曲『TELEPHONE』の世界を、小説っぽくアレンジさせていただいたものだ。
 歌詞をそのまま載せるのも、忍びないし。
 ゆうせんではまんまと付け込まれ、とろんとろんにされたこのへなちょこだったが、その歌詞に、そしてドラムの優しさに、こんどは泣いた。
 やられたり、泣いたりの大騒ぎである。
 それは、逝去した同志(プロデューサー)へ捧げた曲だった。
 彼の母が語った逸話をもとに作詞されたという。
 鎮魂歌でありながら、
 そこにある哀しみは、透明で、
 甘く、
 やさしく、
 ともすればエロティックですらある。
 そんなものなのかも知れない。
 異性の友をおくる想いというものは。


 音は、
 アンダーグランド・ヒップホップと、骨太のR&Bのごった煮といったところか。
 けれど、味覚にほどよく隙間を空けているから、サッパリとまとまっていて。
 際立つのはその交わりが生む甘い至福だ。
 ダシは、彼女の豊潤で強いアイデンティティー意識にあることは紛れもない。
 自分の根っこが、音に直結してるんだもの。
 そりゃかなわんよ。
 このダシがまた、聴けば聴くほど効いてくんだもの。
 癖になるって、これ。

 
 ハスキーで、
 繊細で、はかなくて、
 それでいて強固な芯を備えた声が、これまたソウルフルで、なんだかやたらに優しくて。
 とどのつまりが、たまらん。
 今日も朝からやられっぱなしになっていた。


 んで、
 ふと気がついた。
 この声、ビリー・ホリデイに似てる。
 この印象が世間的にはベタなのか、暴投なのか、わからんが。
 なんかこう脈々と受け継がれている、彼らのタフなスピリットが、声の中に通底しているのは確かなようで。

 
 今日は一日中、雨だそうで。
 花粉と黄砂になやむ人にとっては、一時休戦といったところでしょう。
 雨の音を遠くに聴きながら、こんな音で部屋をじんわり満たす夜も、いいんじゃないでしょうか。




 ☾☀闇生☆☽


 追伸。
「さもないとオリンピック、中継させないぞ」
 大使館からのそんな圧力に屈してしまった日本のメディア。
 鳴りを潜めちゃいましたな。
 へなちょこですなぁ、とへなちょこですら思う。
 その昔は「反中記事書いたら、支局をつぶすぞ」とやってましたが。


 メディアが増えても、変わらない〜♪(by ICE/People Ride On)


 そのときから露骨に媚中やらかしてんのが、例の『ジャーナリスト宣言』ですな。
 しかし今や、
 そこまでしてオリンピック出たかないぞ。
 見たかないぞ。
 そんな声は各々が発信できる時代です。
 今からでも開催地を変更したりできないのかな。
 日本だったら設備が整っているし。
 ねえ。