泥沼の底に沈んだような気分がつづいていた。
連日あてがわれている現場が自宅から遠いというのもある。
その現場の雰囲気がよろしくないというのもある。
ギスギスしている。
そこは複数の支社から呼び集めた大人数のスーパーゼネコン現場であり。
しかも何年も何年も続いている長期現場で、
それゆえ四六時中近隣住人の気持ちはささくれ立ってすっかり疲弊しており、
そんな針の筵のような環境だ。有体に云って面倒くさい。
常駐の仲間たちの表情もどんよりと暗く、顔を合わせるたびに不平不満、愚痴、悪口を云い合っている。
内勤に横柄な態度をとれるようなナニサマたちはこの現状を騒ぎたて、他の現場に移してもらっている。
それもひとつの自衛なのだろう。
空いた席には右も左もわからぬ新人か、それぞれの支社に一定数在籍する鼻つまみ者たちがあてがわれる。
彼らを引き受けるお人よしばかりがバカを見る。
なかに、よく話しかけてきてくれる後輩がいる。
かつて自分がアタマを張った現場では、経験の浅い彼に仕事の手ほどきをしたもので。
それがいまではナンバーツーとなり、この現場を牽引している。
しかし、この彼がお喋りで……。
ナマケモノ集団のなかにあって意識を高く保ってはいるのはいい。
けれどそのぶん孤立してもいて。
自然、ストレスも人一倍溜め込んでおり、愚痴、不平不満、悪口が異様に多い。
話相手は限られる。
何人かの同調者と、かつての教育係であったあたくしだ。
そのあたしの合いの手や話を遮ってしゃべり続けるのだ。
とまらない。とまらない。
マイクを横取りして返さない。
嗚呼。
先日、久しぶりに自宅に近い別現場で勤務指示を受けた。
天からの救いの御手のように感じた。
それが急に変更されて元の現場に連れ戻された。
ゴールを動かされたような気持になって、どっと脱力した。
仲間を好きになれない。
努めて笑顔と冗談をこころがけて、そんな仲間たちと言葉を交わすのもつらい。
そしてなにより自己嫌悪に終始苛まれている。
劣等感。
これがノビシロのある青年期のことならば可愛いだろう。
あるいは同情も買えたのかもしれない。
しかし如何せんあたしゃおっさんだ。
憚りながらおっさんなのであーる。
取柄もないただのおっさんは歩くのだ。
休憩時間も控室なんかには戻らない。
街を歩き続ける。
誰にも会いたくないし、話したくもない。
いや、話しても聞いてくれる相手などいないだろう。
不本意だが、翌週からしばらくは勤務を減らすことにした。
飛び石出勤。
内勤に理由を訊かれ、
「疲れました」
と答える。
体調が悪いのかと重ねて訊かれたけれど「心もです。心身ともに」と云うと相手は黙った。
どうせ代りはいくらでもいるのだ。
頼まれてアタマを引き受けて、無事に検査日まで全うしても労いの言葉ひとつくれない連中だ。
1は1
と彼は云ふ。
隊員の優劣は関係ないのだと。
ひとりはひとり。
たしかに人数で受発注される業界だものな。
もうね、そんな連中に義理などない。
休むぞ。
これは自衛だ。
そう決めた途端、
よく笑うようになった。
ファミリー動画なんか観ちゃってさ、わらってやんの俺。
☾★闇生☀☽