ということで『HUNTER×HUNTER』の連載再開にそなえて、さらっと復習をしている闇生なのであるが。
蟻編の蟻たちには、
暗黙のうちに女王による絶対王政が布かれていたはずで。
んが、
一般蟻にまで名前をもつことを許しちゃったせいで、統制が乱れはじめると。
ただの兵隊蟻であったのが、名前がついて個別性を獲得し、さらには個性を芽生えさせるのだな。
それによってそれぞれ違った立場からの意見が交わされるようになり、議論が活発になった。
しかし間もなく「俺は俺、他人は他人」式に各々が自分勝手にふるまいはじめると。
ノルマはこなしてんだから、それ以外は別になにしてたって勝手じゃん、とな。
そうなると下々は女王のことなど敬わなくなる。
束縛から解き放たれる反面、結束が揺るぎだすといった流れでござった。
束縛と結束は表裏であると。
そこいくと『千と千尋の神隠し』は逆で。
名前を奪われることで個性を否定されるところから物語ははじまっており。
千尋は組織(油屋)の歯車のひとつとして機能することを強いられるわけで。
ただの子供だっただけの千尋には、現場でただちに役立つような個性はございませんと。
使いもんになんない。
現場からすれば「能書きは仕事を覚えてからにせいっ」となる。
ならば仕方もない。
遮二無二仕事に精を出す。
時に活躍もし。
仲間に認められもし。
とはいえ、そのまま長きにわたって歯車に徹し、いつしか歯車そのものになってしまうとそれこそ没個性というやつで、
ワタシハダレ?
ココハドコ?
と自分を見失ってしまう。
まあ、今風にいえば差し詰め「社畜」というやつでしょうか。
道に迷い、現在地すら見失ったのならば、人はどうするのか?
振りかえる、よね。
はてはて、いったいどこで迷ったのかと足跡を逆にたどっていく。
ようするに記憶をたどる。
前進への手がかりは過去にありというわけで。
自分を取りもどすということは記憶(過去)を取りもどすということだ。
んで、
その代表的な鍵こそが『名前』なのですな。
『公』と『私』の間にはさまって双方を区別もし、繋げもする『個』。
その表層が『名前』だ。
人は名前をたよりに流れの元へ。
源流へ、とたどる。
たどらずにはおられないのだ。
源流(オリジン)あっての個性(オリジナル)なのですから。
記憶をもとに名前を奪還し、千尋は千尋としてめでたく現実へ帰還しました、
とさ。
『ブレードランナー』のレプリカント(人造人間)たちが、ポートレート写真を収集していたのは、架空の過去を求めてのことで。
根のない自我に、根っこをつけてやろうとする行為で。
つまりがそういうわけであり。
☾☀闇生★☽