壁の言の葉

unlucky hero your key

ガルパニストの夜。

 日勤夜勤の連投。
 まずは日勤編。
 立川。規制現場。
 規制車ドライバーデビューのH田さんは年配の元・型枠職人だ。
 バブルのくだり坂でタクシー運転手に職がえしたいわば運転のプロ。
 職人時代は4tユニックをあつかっていたというから、規制車の2tワイドなんざお茶の子さいさいだろう。
 高所作業車の免許も持っているという。
 本来なら警備員なんぞやってる器ではないお人なのだ。
 それなのに腰が低い。
 無遅刻・無欠勤で定時帰宅を30年もつづけている市役所づとめのお父さんといった風情で。
 誠実にこちらの話を聞いて考えたうえで理解しようとなさる。
 この日あたしは、教育係という体面でこのH田さんについた。
 あたくしなんぞが規制現場を教えるなんて、烏滸の沙汰といったところなのだが。
 繁忙期ということでそうしなければならない程に人が足りないのであーる。


 勤務中、めずらしく仲間から着信があった。
 重量級ベテラン、ガルパニストKさんからである。
 彼もこの日は連投で、昼は杉並の水道工事に勤務中のはず。
 この日、その現場自体が日・夜の通しだ。
 さすがにつづけて出るのを嫌ってKさんは夜勤を常駐の三鷹の現場に変えてもらっていた。
 あたしも三鷹のレギュラーのひとりなので夜は一緒になる、とおもっていたらしい。
 で、どうやら日勤もあたしと一緒だと思い込んでいたらしく、それで電話をかけてきたらしかった。


「今日はどこに出ているの?」


 いまから考えると、いっしょに出ているはずのあたしが現場にいないので不思議に思ったのだろう。
 立川で新人の筆おろしに付き添っている、というと酷く気の毒がってくれるではないか。
 そして夜は杉並だと。現在まだ4/7欠員だと伝えると、会社にたいして憤慨なされた。
 なんと予定されていた三鷹を蹴ってそのまま夜も杉並に出てくれるという。
 三鷹と杉並。たしかに現場が近いのに一方にだけ欠員が偏るというのは、どうした料簡か。


 日勤編の立川は17時までかかった。
 終わっても警備の職長さんは新人H田さんを教えるのに余念がなく、一刻も早く他の隊員たちを解放しようという頭がない。
 まず用の無くなった隊員から帰して、それからドライバー同志で補習授業するなり、いちゃいちゃするなりすればいいではないか。
 連投を抱えているのはあたしだけではない。
 居合わせたなかの何人かは、夜勤を控えている。


 苛立たされる。


 立川通りから抜け道を経て東八の西端へ。原チャで一路その東端を目指す。
 小金井あたりで吉野家をみつけて夕食に。
 ガルパニストから着信。
 杉並の日勤編は定時17時までかかったという。
 夜勤編は20時から。
 別現場に向かう重量級仲間と落ち合ってマックで飯にしているとのこと。


 杉並の現場の難は、なんといっても休憩できる場所がないということ。それに尽きる。
 あたりには自販機すらない。
 氷点下をしたまわる夜勤に、この条件はきつい。
 一方、ガルパニストKさんが蹴った三鷹の現場は暖房の効いた詰所があり、電気ケトルで湯が沸かせ、なおかつメンツは厚いときている。
 そう考えると、そこを蹴ってまで助けにきてくれたガルパニストKさんには、ほんとうに頭が下がる。
 ありがたし。
 しかもこの夜の冷え込みは異様であった。
 21時の時点で、水たまりに氷が張っていた。
 ダイソーのフリース手袋に白手を重ねる。
 なかにはホカロン
 安靴の中敷きにもホカロン
 足の方はからっきし効かねえ。
 鼻と顎の先が寒気に削がれてひりひりと。
 たまらずネックウォーマーを装着。
 覆面ガードマンというのも第三者からみてどうなのよ、という疑問もあってこれまで首からうえの防寒対策はしてこなかった闇生だが、せめて顎の先だけでもと。
 どーかおねがいしますと。
 すがる想いであった。
 普段は頑としてその手の装備違反をしないのがムネなのだが。
 この夜はあっさりと宗旨替えである。
 酷寒下での連投の夜勤ということと、
 二勤務目のメンツの薄さ、
 なにより休憩場所がないということ。
 くわえて工事が時間いっぱいまでかかるということがわかって、頑張りの突っ張り棒をちょいとだけゆるめたのであーる。
 そのゆるみを、応援に来ていた他支社の内勤者に身咎められることに。
 指摘の声などあたしゃ屁とも思わないし、
 かといって反抗も無視もしてやらない。
 ハニワのように笑って右から左へ受け流してしまうのみ。
 んが、
 万全な防寒対策で覆面のジャミラと化していた重量級ガルパニストは、憤慨しておられた。
 その圧した怒りの暴発を、堪えてくれたのは後輩であるあたしの手前か。


「誘導灯、たたき割っていい?」


 もうすぐの辛抱ですから、となだめる。
 と「どおどお」と自分を懸命になだめておられる。
 会社に要請されて、
 しぶしぶ日夜の連投を受けて。
 しかも目にあまる配置の不手際にいやいや杉並を連続して、
 立ってるだけのカカシ隊員ばかり押し付けられてネックウォーマーごときでこの仕打ちとは。
 かける言葉もない。


 時間よ、過ぎろ。


 動いていたのはあたしとガルパニストだけなのである。
 あとはぜ〜んぶカカシ。
 立ってるだけ。
 それだけっ。 


 結局、残業1.0h




 Kさんは計24時間、杉並の現場にいたことになる。
 感謝。感謝。
 






 明日は三鷹の現場に戻る。
 そこには暖房のきいた詰所があり、お湯がある。
 ありがたし。
 


 



 ☾☀闇生☆☽