空気を読む、読まない、
という対人スキルの判断基準は『KY』という言葉が流行ったいっときほどは、うるさくなくなった。
あれは流行り過ぎたあまり、同調圧力でマイノリティを封殺するという、いかにも村社会的な言論空間を市井にはびこらせてしまった。
重要なのは空気を読んだ上で合わせるか、合わせないかであり、自分を失くして流されたり、そもそも読まなかったりするのは論外であると、闇生は思っている。
むろんその読解力には優劣だか巧拙だかがあって、そのギャップが問題なのだろうが、せめて読もうとする姿勢だけは健気に持とうじゃないか。
と、
はなから読もうとすらしない人に遭遇して、痛感したのである。
空気は、他人のためにもある、などとは思ってもいないらしく。
そりゃもう驚嘆するほかない始末なのであった。
こんなのマジでいんのかと。
いたんだ。
一対一の関係や、プライベートの気心の知れた輪の中でのことならば、それも許容されるのだろう。
てか、してやってくれ。
んが、公的な場となると、話は違ってくる。
空気の独り占めに、ささくれ立った感情を周囲に巻き起こしてしまう。
耐えたね。
あたしゃ耐えて耐えて、周囲にも耐えてくれと祈った。
たとえば講義とか、講習会、説明会とかで、進行している講師の話を遮っていちいち疑問を投げかけるのだ。そいつは。
それがあきらかに再考もせずに「へ?」と思うと同時に反射的に口に出している感があって、
たとえれば、個室で独りきりでテレビと会話しているような、そんな感覚ではないのか。
しかも話の主旨とは違うところで、やらかすのだ。
知らない単語が出てきたとかいう、そんなことでいちいち遮ってくるわけ。
「へ? ○○ってなんですか〜?」
いや、それはいいとしてだ、
良くは無いが、そうだとしてだ、
してくれ。
問題はその公の場での質疑応答で、語尾にいちいち漫画的ナルシーなひと言をつけるのだな。奴は。
曰く、
うえ〜〜ん、シクシク。
どうだ。
シクシクだぞ。
リアクション付きだぞ。
かわいい〜、ってなるかっ!
言っとくが仕事がらみの集まりだぞ。
それ、いやなんですけどぉ。
けどぉ、なんだっつんだ。
あのね、あたしのひく〜い、ひく〜い身の丈も省みずに異性蔑視的な事をあえていう。
すまん。云う。
こうまでナルシーを肥大させたてきた彼女の鉄壁の守護神の正体は、その見てくれでは、無い。
断じて、無い。
むしろそれは現時点ではハンデと言ってよく、
この先、十二分に苦労するだろうと、かえって同情と親近感を覚えたくらいである。
共に頑張ろうねと。
にもかかわらず、そんななけなしの好意すら自ら手放すのだ。奴は。
こともあろうに、シクシクで。
怖いもの知らずか。
宵越しの銭は持たねえ、の心意気か。
世界の空気が自分のためだけにあるのなら、悲劇も困難も、すべてナルシーの肥料になってしまうではないか。
これはまっとうに話したところで通じない、という空気を読んで、周囲は放任しているのだろうか。
たしかに、
同じ現場で組むのは御免こうむりたい。
この手の人が現場を客観的に読みとれるわけがないのだから。
シクシクも、
ガーンも、
バーンも、
ワクワクも、
汗、汗も、
ドキドキも、
おろおろ、も邪魔っけだ。
講師の話に関連させて、個人的な体験談をだらだらと話し始めたのには閉口した。
オチも無ければ、質問のために具体例をあげているのでもなく、思い出したから喋りました、であった。
あまりの衝撃だったので、その後も奴をそれとなく観察してみた。
んが、
あれだけ講義を遮っていたくせに、途中こっくりこっくりと居眠りをはじめ、ふと目覚めたかと思えば困惑するお隣を強引に雑談相手に引きずり込んで、また素っ頓狂な質問で話に水を差している。
すげえ。
お前、すげえよ。
これはいったいなんなのか。
試されているのだろうか。
神に。
我々が。
理不尽というやつで。
ソレデモアナタハリンジンヲアイセマスカ、と。
うえ〜〜ん、シクシク。
☾☀闇生☆☽