『モノノ怪』感想。

モノノ怪



モノノ怪』DVDにて


 追記。
 本作は「怪~ayakashi~」のスピンオフ、だといふ。
 なのにそれを知らず、見ない上でこれを先に見てしまった。
 最終話「化け猫」はその本家のもので、もとはと言えばそれが元でこの『モノノ怪』が生まれたらしく。
 そんなこんなで特別にこのDVDシリーズに「化け猫」が合体されたのだと、以下の感想を書いた後に知った次第。
 ……とお断りしておきます。
 ようするに、やっちゃったというやつね。


 

 まるで和紙の上に描かれたようにざらりとした質感、ハイカラな色彩、細部にこだわった美術や『画面の装飾のための装飾的演出』などなど、意匠を凝らした労作である。
 話はといえば、よく言われるように京極夏彦の妖怪もの、と考えていい。『巷説百物語』とか。
 もしくは漫画なら『蟲師』とか。
 しかもなかなかに出来がいいと。
 ある時ある所で人の恨みや欲望がモノノ怪となって悪さをする。
 それを「ただの薬売り」と名乗る謎の男が解決していく趣向。
 モノノ怪の発端となった恨みつらみを、そしてその事件の真相をつきとめ、モノノ怪の正体を明かし、退治していくのだ。
 重要アイテム『退魔の剣』はモノノ怪の『形(姿)』と『真(真相)』と『理(目的・理由)』を解明しない限り、抜くことができない。






 以下、ネタバレあり。







 時代は江戸末期をイメージしたいわゆるネオ時代劇といったところ。
 んが、
 最終話では電車や新聞社が登場する明治あたりの設定となる。
 なのでひょっとするとこの「薬売り」自身が、時間を超越して生き続けるモノノ怪なのではないのか。
 そう思えば、彼のまるで狐のような異形に納得がいく。
 ただの薬売りと名乗ってはいるものの、それが実際の収入元になっているとも感じられないし。
 第一、どのモノノ怪退治にも依頼者が無く、それを続けるのは彼の善意か、もしくは好奇心によるのだ。
 といって、巻き込まれ型でもない。
 怪しい匂いを嗅ぎつけては自分から首を突っ込んでくる。
 モノノ怪によるモノノ怪退治。
 ヴァンパイアものの『ブレイド』や、あるいはデビルマン的な裏設定でもあるのかもしれない。
 


 ただ、こだわりにこだわりまくった視覚的演出の完成度が高いためか、どうしても欲張ってしまう点が二、三。
 おそらくは故意にしたのだろうが、影や闇の表現を排している。
 それが正解だったかどうかは、微妙だ。
 確かに、影ひとつないハイカラな明るさの中での化け物という光景も、怖い。
 奇異だ。
 んが、
 それもまた12話も続くと次第に麻痺してしまう。
 影や闇に対するヒトの恐れ(畏れ)が、そこにモノノケや妖怪や幽霊的なものを、あるいは神や神々を想像させてきたはず。
 よって文明が開けるにつれて明りが満ち、闇が祓われ、それらは後退していった。
 第一話の女郎の折檻部屋の明るさは狂気として解釈したし、省略とも受け取ったが、最終話の電車の中はどうだろう。
 この時代は電気があるのか。と意識してしまうのは無理も無いことだと思う。
 その上で電車の天井が何度も映される。
 車内灯がないのだ。
 なのに、つるんつるんに明るい。
 延々と続くトンネルの中、という底なしの闇の恐怖を台無しにしてなかったか。
 


 ついでに言えば、この車両に集められた『事件の関係者』も、どうなんだ。
 全員がひとつの事件に関係しているとわかって、ああ、そういう関係だったか。とは腑に落ちない。
 あそこまで恨みを買うようなことはしていない人が、何人か混入している。
 たとえば牛乳配達の子供。
 彼が事件を目撃したことを、被害者と猫は意識できてないはずだ。
 なぜに取り込まれちゃったの?
 


 以下、覚書として。
 タラコ唇のギャル顔の女の子が、この世界観に合っていないと感じた。
 第一話。胎児の恨み。
 やはり堕胎児を胎児として描くのは避けたのだろう。
 がだからといって髪の生えた、駆けまわる子供として描いたのは、どうだったか。
 あそこまでの成長すらできなかったのだ。胎児たちは。
 完成度の高い回だっただけに、ちょっとひっかかる。
 薬売りがあくまで二の線を貫いたのは、驚異。
 だいたい三の線を書きたくなっちゃうんですけどね。
 エッチな一面とか。
 女に弱いとか。
 苦手なもの。
 ボケ的要素を。
 そのぶん深みも無いが、上に書いたように彼自身がモノノ怪と考えれば、頷けもする。


 京極の『巷説〜』やら夢枕獏の『陰陽師』やらと、考えてみるとこの手の『探偵』の寡黙なイメージというのは定着しつつあるのに、勇気あると思う。
 出来が悪ければ粗悪な類似品に堕ちかねない。

 


 ☾☀闇生☆☽