壁の言の葉

unlucky hero your key

 年の瀬も押しせまっている。
 せまられてもいる。
 どうすか。


 やってますか?


 ましてや空前の大不況だ。
 でもって師走というくらいだから、なにごとかが切羽詰ってきて当たり前だろう。
 昔はこの時期になると寄席がにぎわったのだそうだ。
 娯楽の少ない時代。年末の取立てから逃れるのには、手っ取り早い遊びだったと。
 それで年を越してしまえば、まさか取り立て屋も、めでたい三が日に顔を出すような無粋まではしなかったのだろう。
 なんにせよ、日本人たるもの、そわそわしてしまう季節なのであーる。


 去年のちょうどこの時期のこと、
 店のポストに一通の茶封筒が入れられてあった。
 切手もなく、宛名もなく、封も閉じていない。
 あらためてみると、B4のコピー用紙が一枚。
 そこに縦書きで、荒々しくも達筆なボールペン字が書き連ねてあるではないか。
 枯れ木を折ったような、その筆跡。
 紛れもないご年配臭。
 あまりの崩し文字に解読が困難ではあったが、時節の挨拶らしきくだりのあとに、こうある。
 

 ご近所どうし、よしみを深めませんか?


 いわずもがな、隣人の顔すら知らない都会の生活だ。
 なるほど、そういう機会をもうけて交流をはかっておくことは、セキュリティーの面でも、はたまた精神的な面でも、悪かろうはずがない。
 おそらくはこの界隈に住む古老が、独断で発案したのだ。
 お茶でものみながらの和気藹々なひとときを求め、筆をとり、コンビニで慣れないコピー機を操作したのに違いない。
 そして、近所の一軒一軒に自ら投函して回ったのだ。
 となれば、これはローテーションをやりくりしてでも、一度顔を出しておくべきだろうと。かすかな感動とともに心に決めた闇生なのであった。
 でそこに、その会の日時が記してある。
 んが、場所が記されていなかった。
 しかも、連絡先の電話番号すらない。
 文責者の名すらない。

 
 残念だ。


 どうしたらいいのか。
 これをしたためたご老人は年の瀬の、近くのどこかで、じっとみんなを待っていたのだろうか。
 いたのだろう。
 そして、人の世の無情を、ひとり嘆いたであろう。
 重ね重ね、残念である。


 で今朝、
 お客様から電話で問合せがあった。
 開口一番こうきたものである。
「おっぱい、ある?」
 申し遅れたが、不肖闇生、エロDVD屋である。
 だもんで、視界のなかはおっぱいだらけだ。
 ちなみに言えば【OPPAI】というレーベルもある。
「はい、ありますが」
 戸惑いつつ答えると、間髪要れずにこうきた。
「おっきなおっぱいも、ある?」
 となれば、レーベルのことではない。
 ついでに言っておくが、先方の声は女性である。
 で、おっぱいをご所望と。
 あるもなにもこの商売だ、うじゃうじゃある。
 要は巨乳、爆乳、超乳、豆乳といわれる部類だろう。
「いっぱいありますが」
「どれくらいの大きさ?」
 どれくらいと言われて、どう答えたらいいのか。
 巨乳なんざこの世界、掃いて捨てるほどいるものだから、ひとりひとりのスリーサイズを電話口で発表していく暇も、根気もない。
「どれくらいと、いいますと」
「すんごくおっきい?」
 いったい誰のブツを指しているのだろうか。
 でまたその「すんごく」には、どの程度の感情移入がゆるされるものなのか。
 あたしの主観でよろしいのか。
「ど、ど、どうご説明したらよろしいでしょうか」
「測って言えばいいじゃん」
 測る?
「目の前の女の人を、縦横測って、それを言えばいいじゃん」
 いいじゃんと言われても。
 おっぱいの縦と横を、
 パッケージ越しに?
 ひとつひとつ定規で?
「あのですね、パッケージの上からおっぱいを測りましても、わからないかと」
 だいたいおっぱいの規模を表現するのに『縦・横』って。
 ところが先方は、
「パッケージ?」
 虚を突かれたらしい。
 で、念のため確かめた。
「あのぉ、うち、アダルトDVD屋ですが」
「DVD?」
「はい」
「おっぱいはないの?」
 だから、いったい何をいっているのかと。
「あのぉ、おっぱいとは、いったい…」
「おっぱい」
 はあ。
 さては、
「ダッチワイフとか、ラブドールのことですか?」
「なにそれ」
「女性型の人形のことですか?」
「うぅぅぅん、…おっぱい」
「おっぱいをかたどった大人のオモチャ?」
「そう、おっぱい」
 なーる。
 ふう。

 
 なるほど、すれ違うものである。
 そして、すれ違わせるものでもある。主観。
 他愛もないことのようだが、実はゆるぎない。
 ましてや年の瀬で、皆が気分的なゆとりを失ってもいるわけで。
 そして、そんなこんなの積み重ねの果てに、それぞれの孤独がぽっかりと口を開けていたりもするのだ。
 かつて坂本龍一は、
「プロとは」
 と訊かれてたしか、
「自分をどれだけ客観できているか」
 そう答えたと記憶する。
 いわずもがな、プロとはその伝達能力に拠って立つわけであり。
 


 簡単に言ってくれちゃうが、これがなかなかどうして、難しいのだよ。
 ひとりもんには、特にね。
 



 ☾☀闇生☆☽



 ……。