壁の言の葉

unlucky hero your key


 
 前日の『裏サイト』の余話として、


 中学のとき、一瞬だけいじめのような扱いを受けた。
 それは一学期のはじめ。
 学級委員を決めるのだが、クラス替えのしたてだから、まだ互いのキャラクターを知らない。
 よって多数決のしようがない。
 で、仮の学級委員を担任が指名することに。
 それに自分がなってしまった。
 となれば、なにかと仕切らなくてはならないわけだ。
 どうやらそこを女子に嫌われたらしい。
 なんせ天性のモテナイ君である。
 非はあっただろう。
 休み時間をおえて席に戻ると、机にびっしりと白墨(チョーク)で悪口が書かれていた。
 椅子にまで。
 ははん。
 そのリアクションもまた、女子は観察しているはずで。


 無視した。


 何事もなかったかのように机に教科書をおき、ノートをとった。
 学生服は白墨で真白になった。
 けれど、その白墨すら無視した。
 頑として、汚れを払わない。
 白く汚れた学生服で、どこ吹く風でいる俺の姿こそ、彼女らにとっては苦々しいはずで。
 感受性があるならば、自己嫌悪になるだろうし。
 かといって女子を嫌い返すこともしない。
 してやらない。
 普通にしていた。
 まもなくいたずら書きはなくなった。
 この出鼻で、もしこちらが弱気を見せていたら、ひょっとしたらそれはエスカレートしていたのかもしれない。


 何年か経って、その女子グループの一員が、人を介して告ってきた。
 いや、正確じゃないな。かっこつけちゃったぞ。
 探りをいれてきた、か。
 付き合えばいいじゃんと。
 なんせモテナイ君のことだ、飛びつくとでも思ったのだろうか。
 なめられたものである。
 残念ながら、そのコとは言葉を交わしたことがないから、あたしには外見的な感想しか持てない。
 こちとら好きなタレントなんぞ、いたためしが無い男だ。
 それだけでは、いかんともしがたいのだ。
 欲しいのは、言葉。
 そこにその人の情報がつまっている。
 むろんいじめ未遂についてのわだかまりなんぞ、屁でも無い。
 言葉を交わしたことのない人。印象はそれだけ。
 良い返事のしようがなかった。


 それから比べると、いまはネットを介してやるのだな。
 はげましにもならんかも知れんが、こういう考えもある。
 あのね、批判にしろ、中傷にしろ、対象があってこそなんだな。
 つまり対象の存在を認めているからこそ、できる。
 あなたあってだ。
 連中、いじめに依存しているのだ。
 だから存在自体を認めようとしない、無視の方がよっぽど恐ろしい。


 無視は人間を、獣化しようとする。


 江戸時代の佐渡
 汚職を撤廃しようと、中央が抜擢した品行方正な役人がいて。
 それがあの孤島で、他の役人に無視されて、ついに孤立した。
 最後は狂気におちいって反乱をおこすのだが。
 これは司馬遼太郎の『街道をゆく』の「佐渡の道」に紹介されてある。


 映画でいえばアル・パチーノ主演の『セルピコ』。
 これも実話。
 汚職腐敗のるつぼと化した警察のなかで、脅迫にもめげず、正義を貫く刑事を描いている。
 名演で、名作です。




 ☾☀闇生☆☽