『12人の優しい日本人』という芝居がある。
劇作家であり、
脚本家でもあり、
最近では映画監督として活躍する三谷幸喜の代表作だ。
あの『古畑任三郎』を書いたひとと言えば、一番わかりやすいだろう。
映画好きなら、このタイトルからすぐに連想するに違いない。ヘンリー・フォンダが主演した名画『12人の怒れる男(‘57米国)』を。
つまり三谷はタイトルですでに、
「これはあの名画のパロディーですよー」
と、そう宣言しているのだ。
下敷きとなった『怒れる男』の方は、がっつりとした、男くさい法定サスペンス。
ある事件をあつかう陪審員たちの審議のバトルロイヤルを描いている。
ところが、映画は事件そのもののシーンをあえて描かない。
徹底して部屋の中に終始する。
昨今の至れり尽くせりの説明過剰の演出とは違って、そこがまず、
いやらしい。
むせかえるほどにだ。
でもって、
夜を通して白熱する討論だけを撮っている。
彼ら陪審員たちの発言から事件の断片を観客に想像させ、それをつなげて徐々に全容を浮き彫りにしていこうという、そんなスタイルだもんだから、ほら。モロ出しより、想像を掻きたてられるほうが、ね。
いやらしい。
ばかりか、
これが監督シドニー・ルメットの妙技とあいまってしまうから、まったくもってスリリングな仕上がりなのである。
まいっちゃうのさ。
こういうのを観せられると、なにかと『製作費』を言い訳にする作り手は、黙るほかないわけで。
というのがケチるときの業界の決まり文句だそうだから、それもまた、
いやらしい。
んが、
黙らんぞ。
言い訳もせんぞ。
と、観客の想像力をたくみに利用するこの手法を、三谷は好むのであーる。
さてさて『優しい日本人』の方である。
こちらはパロディー。
ゆえにコメディー。
初演が’90年。
映画化が’91年。
とある事件について召集された陪審員たち。
お互いに初対面であるから、彼らはまさに『行きずり』だし、無責任だ。
その喧々囂々のディスカッションを描いているまでは同じなのだが、舞台は米国と日本。
むろんかの国とは違い、日本には陪審員制度がまだ、無い。
それどころか、昨今の『裁判員制度』などという言葉も、まるで一般化していなかった。
ようするにそんな考え自体が、大衆にとっては絵空事であり、
「もしも、この日本に陪審員制度があったら〜」
なんていう、もしものコーナーなノリなのであり、
純粋なフィクションであり、
どうしようもなくパロディーな時代なのであった。
折しもジュリアナ東京がオープンしようという、その前年である。
ぼでこんに羽根つき扇のオネーチャンやら、猫も杓子もおねーさんまでもがオレオレオレー♪になったJリーグブームが幕を開けようという。
そんな絵空事の時代のさなかに、さらなる絵空事を芝居にしてのけていたのだ。三谷は。
小生、初演の舞台は観ていない。
実は、アルゴプロジェクトの映画版のほうで知ったクチである。
おもしろかった。
笑顔で映画館を出ていけるような、良質のエンターテイメント作品だった。
と同時に、
当時は良くも悪しくも笑ってそれでおしまいにしてしまえる。
あとくされのない。
行きずりの。
そんな映画でもあったのだ。
これが、つい先年(‘05年12月〜翌年1月)、劇場で再演された。
内容はほとんど変わらない。
戯曲が優れているから、何度観てもおもしろいし。
けれど、その意味するところがまるで違ってしまっていた。
初演のときには『絵空事』で済んでいた架空の制度が、時を経て、あれよあれよという間に今や実現しかけているではないか。
となればだ、
ホンは同じでも、また演出が同じでも、我々の現在が変わったことで笑いの意味は、どろん。
変化する。
黒くなる。
再演する理由を、そこに見出したのに違いないのだ。三谷め。
もちろんそんな企みを、彼はおくびにも出さないから、
いやらしい。
やはり『怒れる』は、かの国らしい民主主義万歳のスタンスなのだろう。
対する『優しい』は、それのパロディーであるからして、必然としてそこも笑うことになる。
観客が。
結果、我々が、我々をわらう。
笑わされる。
裁判員制度への疑問を。
ひいては、わたしたちってそんなに完全ですか? と問いかけられるのだ。
その不完全ぶりを、人間臭さとして肯定しながら。
WOWOWで放映された再演を観なおして、以上のことをつらつらと。
と同時に、再演やリメイク。または映画化(とは名ばかりの単なる映像化)というものは、そうする意味を考えないと、ぶざまなことになるのだなと確信もした。
おもしれーから、んじゃ、リメイクすっぺ。
ドラマ化してみっぺ。
バカにするもんじゃない。
&
騙されちゃいけない、と最近とみに思うのだ。
黒澤明関連に。
ベストセラー小説の映画化に。
人気マンガのドラマ化に。
そうする理由を真摯に問いつつ制作されたものは、やはり違うのである。
☾☀闇生☆☽