読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

窓を。

平成二十九年睦月の章。

 夜勤。
 道路規制現場。
 標識車の車内。
 ダッシュボードのうえであたためておいた弁当をとっていると、遅れて休憩に入った仲間が乗り込んできた。


「おつかれえっす」
「れえっす。お邪魔しまーす」
「どうぞどうぞ。さみいっすねえ」
「いやあ、まいったまいった」


 寒がるくせして奴はおもむろにパワーウインドーをさげるのだ。
 それから上体を気持ち傾けて、片方のケツを浮かせるやいなやに、そう、


 屁をこく。


 え?


 屁をこく。


 え?


 こく。
 こきつづける。


 ええ?


 窓から流れ込む寒気にのって、車内の暖気をかき乱していくそのによひ。
 満ちて。
 満ちて。
 いったい何を食ったらこんなにまで熟成されるのか。
 深く。濃く。
 そして厚く。
 せめて嗅覚だけでも逃がさんとして、やむなくこちらもウインドーをさげる。
 それでも奴はこきやめない。
 なんならドヤ顔で若干わらってさえいる。




 てな感じなのね。
 現場で同乗する喫煙者の平均的ふるまいっちゅーものは。
 窓さえあければゆるされると思っている。
 吸わない人からすれば、あんなのおまじないレベルなのであーる。
 だもんで、喫煙率の高いこの業界。多数決的、民主主義的力学から吸わない奴が遠慮するはめになると。
 あたしらマイノリティは暖を取るのをあきらめて、はなから公園をえらび、ベンチで震えながら時間を潰したりするのよ。
 深夜はコンビニのイートインですら、使えなくなるもので。
 それでも喫煙者たちは気づかないのだ。
 ばかりか「公園なんか寒いでしょう。標識車つかえばいいのにぃ」などとのたまふ。
 しゃっちょこばったモラリストかますのも現場的にかっちょわるいし、空気がわるくなるのも嫌だからあたしらは、
 「公園のほうが好きなんですよ」
 なんて返しで、やせ我慢をする。
 ストレッチとか筋トレしてるんで。なんて嘘ついたこともあった。
 ほんとは寒さ凌ぎなんだけどね。


 あたしもかつては吸っていたクチなので、目くじらは立てたくない。
 吸っていたとき、嫌煙者たちの潔癖ぶった態度はかっこわるく見えていた。
 学園もののドラマに出てくるメガネの風紀委員みたいだった。
 だもんで、ああ見られたくないという。
 やめたとたんに嫌煙家かますのもまた、かっこわるいぞと。




 ああ、ニッポンジンだわあ。




 何年か前、駅から遠い現場のあがり。
 監督が車で送ってくれることになった。
 その車中。チェーンスモーカーの彼は、
「遠慮しないで吸っていいよ」
 と云う。
「あ。自分、吸わないんです」
 と返すと、
「なんで?」
 へ?
 なんでっつわれても……。
 最寄りの駅まででいいです、というのにその監督は頑として家まで送るといって聞かなかった。
 渋滞のせいもあって、結果、電車で帰ったほうがはやかった。
 しかも隣はチェーンスモーカーである。
 吸い終わるその残り火で次の一本に火をつけるような猛者だ。









 こーゆー人たちに「思いやり」とか「やさしさ」とか「第三者優先」などと朝礼でのたまわれる噴飯状況は、現場ではままあるもので。






 追記。
 紳士的に「一本だけ吸っていいですか」
 と訊かれて「どーぞどーぞ」と答えたら、結局三本吸ってったあほが、昨晩いた。
 「ダメです」なんていえないってえの。
 奴、窓を細目にあけて、そこから顔だけ出して煙を吐いていたのだが。
 だからそれ意味ないって。
 ケツだけ出して外にうんこしたって、入ってくるんだよ。によひが。
 くさいの。
 不快なの。
 吸うときだけ外に出るとかできないものかね。
 ふんとにっ。
 それ以降、あたしが外で休憩をとっているのを、気づかないのかね。
 だいたいお前の車じゃないでしょうに。


 さらに追記。
 そんな心ない愛煙家の何人かがダブルワークで営業職をしている。
 どうなんでしょ。
 訪問先や客相手に同じようなふるまいをしているのだろうか。彼らは。
 吸っていいですか? で吸っちゃうんだろうか。
 相手が吸う人なのか吸わない人なのか読まずに。
 どうぞ、と言われれば吸っちゃうんだろうか。
 
 





 ☾☀闇生★☽