本日、
 本業のエロDVD屋のほうの事情であたくし、
 お休みをいただくことに。


 ならばこれを機にと、
 もうひとつの仕事であるところのケービで義務付けられている健康診断を受けちまおうと、会社指定の診療所に自転車でえっちらおっちらとおもむいたのであった。
 開院時間までぶらぶらとヒマをつぶし、
 それはもう本当にぶらぶらと蛇行し、
 のし歩き、
 さまよって、
 ころあいを見て雑居ビルの階段を上がってみれば、この張り紙である。

 
 本日、臨時休診します。


 そんなオチって。
 だったらケービの勤務を入れときゃよかった。
 なんて思うほど仕事に飢えてはいないのだな。あたしゃよ。


 休もうが働こうが、この心象風景が変わるわけでなし。


 診断のために朝食を抜いていたので、えらく腹がすいており。
 つっても朝の九時半だ。
 近くにモスバーガーを見つけたのでそこで簡単にすますことにした。
 あたしゃファストフードに詳しくないので、どこがうまいとかまずいとかわからない。
 たとえばコーヒーも、
 スタバがどうのベローチェがどうのと、のたまうことができない。
 てか、ひとりをこじらせたあまり、店を知らない。
 だもんで有体に言って、味覚もまた音痴なのであーる。
 まず、混んでおらず、
 店員が、適度にそっけなくて、
 おちつければそれでよしと。
 そんなモスにて、
 開店準備にいそしむ商店街を窓ごしにながめ、コーヒーをいただいた。
 今日も『へうげもの』を読みすすめる。
 

 ここで扱われている日本人として重要なキーワード「わび」とは、いったいなんぞやと。
 なんてことをのたまえるような風情や知性を、あたしというやつは、持ち合わせていない。
 無念。
 んが、
 この作品や、例の映画『利休』に触れると、かならず浮かぶことがふたつあって。
 ひとつは古今亭志ん生の落語『和歌三神』。
 それは、たしかこんな筋だったとおもう。


 冬の朝、
 雪見酒をたのしもうと下男を連れて向島にでかけた御隠居。
 通りかかった橋の下に三人の乞食が火を囲んでいるのを見かける。
 雪景色を肴に一杯ひっかけ、どうやら和歌を読みあっているらしい。
 なんとまあ風流な。
 三人は百人一首古今集をパロッて遊んでいるのだった。
 御隠居が感心して酒をおごってやると。
 三人はそのお返しにと一首ずつ読んでくれるという噺だ。


 起承転結を経たオチを楽しむ種類の話ではないし、
 加えてパロディのもとになった百人一首古今集を知らないと、この噺は存分には楽しめないのだろうと思う。
 そして、
 かくいうあたしもそれに詳しくないのだが、なによりこの情景にやられちまうのだな。
 粗末な衣服。
 欠けた茶碗に酒。
 あたりは一面の雪景色で、住む家も無い。
 けれど、そこに多少なりとも知的な、
 もとい、ユーモアのある、
 もしくは豊かな遊び心にあふれたと言おうか、
 会話があれば、それに勝る御馳走はないのではないのかと。
 ひいては仕合せとは、そんな日常の積み重ねにちがいないと。


 わびであり、
 へうげであり。


 茶室というものは、
 そもそもの機能は、つまるところサロンであって。
 無駄をはぶいたその空間で、
 珍しい茶器や新しい画法の絵を愛でるのは、語らいのとっかかりとしてのものであり、
 視点の創出であり、
 その目的は常にコミュニケーションの濃密化にある。
 のちにそこへ禅の精神がミックスされ、様式化した。
 とは、司馬遼太郎の受け売りである。
 こんな言い回しはしていなかったはずだ。
 んが、
 確かそんなことをのたまっておられた。
 おそらくは空間設計も、
 無駄の排除も、主眼はそこにあってこそである。
 そこへいくとここでの乞食たちは、
 浮世を肴に、天蓋の茶室で一服する仙人のようで。
 などとまるで見てきたような事をいうが、
 いわば生の達人なのであーる。


 んで、
 もうひとつはというと、その司馬の逸話なのだ。
 『坂の上の雲』の執筆時のこと。
 作品の取材をかねて、日露戦争にたずさわった海軍軍人の子孫や、海上自衛官の高官を招いてテーブルを囲んだことがあったのだそうな。
 あるいはそういう会合に司馬が混ぜてもらったのか。
 場所は、東郷平八郎元帥が搭乗した旗艦三笠の艦内。
 テーブルには紙コップのビールに、紙皿の柿ピーがあるだけ。
 しかし、
 脈々と受け継がれているそのカラリとした海軍気質が、言いようのない豊饒なひとときを醸し出していたと。
 この豊かなひとときを司馬は、透明で上質な蒸留酒のような、と表現していたように記憶する。


 かつてレンタルビデオ屋の店長を務めていたとき、
 あたしゃこの逸話に影響されてね。
 年末の打ち上げを閉店後の店内でやらかしたことがあったのだ。
 紙コップのビールに柿ピー。
 古今の名作群のパッケージに囲まれて。
 けど、そんな思惑などアルバイトさんたちに通じるはずもなく、
 どうやら単にどケチな店長という感想を抱かせただけだったらしい。
 お年玉はあげたんだけどもね。
 やっぱアレはなかったか。


 ひとりよがりほど、無粋なものはない。
 茶の湯とは、程遠い。


 などとつらつら。
 コーヒーが尽きて、
 持っていた『へうげもの』の八巻を読み終える。
 自転車で一時間もかけて出て来たのだから、ついでに支社界隈を散策しようかと思いつく。
 んが、
 床屋にも行かねばならんと思いいたる。
 ならば、その町の床屋で済ませばよいではないかと気づく。
 しかしながら、床屋ばかりはなじみの店でないと気持ちが悪い、という闇生の謎が邪魔をする。
 というか、単に人見知りね。
 しかたなくそそくさと自転車で帰ることにした。
 いったい何をしに来たんだか。
 モスで『へうげもの』読むために、自転車で一時間もかけてどうするよ。
 おい。

 



 
 
 そんなこんなで、このたびも貴重な休日を無駄にしたのでした。
 おやすみなさい。


 
 ☾☀闇生☆☽