壁の言の葉

unlucky hero your key


 オネエ言葉の朗読会。
 そんな催しに、招かれた。
 いったいぜんたいどういう流れでそうなってしまったのか。
 謎だ。
 なんでも、オネエ言葉を公用語にすれば、もめごとはすべてクリアになるとのことで。
 とどのつまり、オネエ言葉が平和を生むと。
 なるほど。
 納得しちゃったよ。
 たとえば、警官がオネエ言葉なら、不意の職務質問にささくれ立つことはなくなるだろうし。
 夫婦喧嘩も、外交問題も、たとえどこまで感情に走ったとしても、こえてはいけない一線を前に、萎えそうだ。
 また、朝礼でのあの退屈な校長先生の長話にも、女生徒から思わず「カワイイ」なんて声がかかったり。
 朝まで生テレビの、あのカラカラに干からびたおっさん空間にも、春風のような華やぎがうまれることだろう。
 渋面の田原だって思わず『ちゃん』づけしたくなる。
 ばかりか姜尚中の、あの異様に説得力のある低音ヴォイスにも、すりこまれず、一定の距離を置くことができる、


 はず。

 
 その実現には、まず使い慣れることである。オネエ言葉を。
 それにはすぐれたテキストを題材にするべきで。
 ならば、日本の文豪たちによる名著、名作を朗読するのが手っ取り早く。
 その読みっぷりを互いに批評しあって、研鑽を積みましょうと。
 そんな趣旨の会合である。

 
 是非はともかく、おもしろそうだ。
 んで、のぞいてみることにした。
 んが、あにはからんや。観客参加型ではないか。
 観客には番号がふられ、みなその番号のついたバッヂを胸につけている。
 くじ引きで自分の番号を当てられたら、ステージ上で朗読をしなければならない、らしい。
 あろうことか、この闇生。なんとそのトップバッターに当たってしまったのである。
 沈黙のなかステージに引き出されたが、勝手がわからず、おどおどと客席を見渡す。
 すし詰めの満員である。
 もっとくだけた雰囲気だとおもっていのだが、洒落の通じない張りつめた空気である。
 目の前にはずらり、審査員たち。
 ファッション通信の、あの、クレオパトラみたいな人もいる。
 元宝塚のなんたら言う女優さんも、眉間にしわを寄せて見つめている。
 で、
 目を閉じて、箱の中の文庫本から一冊を引けとのこと。
 んでもって、それを読めと。
 ええい、ままよ。
 と引き当てたのは、太宰治の『人間失格』。


 どーん。


 太鼓が鳴って、朗読の開始である。
 けれど、この場のノリがわからない。
 手さぐりで「なのよ」「だわ」と語尾を変えてみたが、とたんに、


 ブー。


 ブザーが鳴って、指摘が入る。
「原文を変えないこと。それは太宰に対する侮辱よ」
「いいえ文学の否定だわ」
 はあ…。
 となると、引き出しがない。
 イントネーションの変化で、オネエらしさを出すべきなのだろうが、誇張するとただちに、


 ブー。


「あなた、馬鹿にしにきたの?」
 こわぁ。
 なんか会場の隅のほうでは、オネエさんのすすり泣きが聞こえるし。
 発声法を工夫して高音にしたり、中低音にしてみたりと、やっているうちに喉がつぶれて、ハスキーに。
 これがかえって良い感じで。
 俺、いいじゃん。いいオネエっぷりじゃん。
 知らず知らずに気持ちが入って、つかのま朗読に没頭する。んが、


 ブー。


「はい、小指を立てない」
 すんません。
 すんません。
 いやーな汗をかいて、そこで目が覚めた。
 こうして書くと滑稽だが、あの緊張感は、ないって。マジで。
 洒落の通じない空間ほど洒落にならないものはないな、と。


 ついで、
 地下鉄の就職試験。それにむけての合同訓練の合宿に参加した。
 それがまた軍隊さながらで、ノリはほとんど映画『フルメタルジャケット』である。
 上官に罵倒されながら泥沼をほふく前進したり、腕立て伏せ、腹筋、スクワット、走り込みなど。
 それがどう地下鉄勤務に活かされるのか、まったくわからないが、これからはそういう時代だと。
 そう説明された。
 で、
 艱難辛苦、紆余曲折、やっとこさっとこ訓練の最終日。実務試験である。
 試験官がこれからはじまる試験の説明を、長々とやらかして、その最後に、
「これに合格すれば君たちは、晴れて五万円の給与を、毎月手にすることができるのだ」
 やってらんないっつの。
 食えないっす。そうたてつくと、
「俺たちだってデパ地下の無料試食だとか、そういうのを利用して、しのいでいるんだぞ」
 



 ろくでもない夢ばっか。
 どうしてくれようか。
 風が涼しくて、ウォーキングは復路をジョギングにして、往復一時間。
 たっぷりと汗をかいた。
 今夜は多摩川の花火だな。たぶん。





 ☾☀闇生☆☽

 
 急に涼しくなりましたね。
 うっかり体調をくずされませんように。 
 ちゃっかり元気でいておくれ。
 素敵な人よ。
 人たちよ。