「もう、ため口でいいっすよ」
さりげなくそう言われた。
異常なまでの自信家の後輩に。
今の現場で、彼とあたしとは担当ポジションが違っていた。
それは分野として異なる、といっていいほどの違いで。
彼にとってあたしのポジションは知識としては齧っていたが、実際には担当したことのないパートなのである。
にもかかわらず上から目線で外野からあれこれとあたしに指図していた彼。
それがこの日から同じポジションになったのであーる。
強烈な自信家であるだけに、やはり勝手の違う実際は、刺激になったらしい。
現場の滑り出しからして、ベテランに指摘を受けたらしく、たったそれだけでそのベテラン某氏とは「合わない」などとこぼす始末。
凹んでましたな。
ええ。
この現場、異なる複数の支社の人間による混成チームであるだけに、仕事のやり方も様々なのだ。
支社やパートリーダーによって好き好きが分かれており。
そしてその好みは、それぞれのリーダーにとって絶対的に正しいとされている。
これまでその相対的な絶対という矛盾に翻弄されてきたあたしの気持ちがやっとやっとわかったに違いない。
知ってようやく不安になったのだろう。
撤収の流れと段取りを確認しに彼自らあたしに接近してきたのである。
普段の彼なら考えられないことである。
しかも「もうため口でいいっすよ」とまで。
彼ははるかに年下で、しかもこの会社ではあたしの方が長い。
しかしながら彼は他社での警備経験が豊富で、誘導能力と自信は彼の方がうえであるとあたしゃ認めている。
この『認め』が大切かと。
手前勝手な好き嫌いの色メガネは外して、まず認めちまうと。
自信家と張り合うことにカロリーを費やすのは視野を狭くしてしまうし、人としての程度も低くなるからだ。
なんせ彼はケンカっ早い。
周囲に対する言葉もぶっきらぼうで、衝突すれば即座に野郎自大の道連れにされかねない。
そこであたしゃあえて丁寧語、敬語を使い続けているのであーる。
自信家のことだ。それだけで気を良くするならば良くしていればいいし。
こちらにもしも彼が一目置くような能力があるとするならば、言葉遣いに関係なく、一目置くことだろう。
だもんで彼に対してだけでなく、年配・諸先輩方はむろんのこと後輩にまで普段は丁寧語で接することにしているこの闇生。
といっても、なにもしゃっちょこばった言葉づかいではないよん。
その人との関係性をふまえた限りなくため口に近いくだけた言い方なのだが、丁寧語は丁寧語だ。
ただし現場での伝達・やりとりでは、ときに露骨なため口を使わせてもらっている。
これは試合の真っ最中のサッカーチームのようなものと解釈しているからで。
笛が鳴ったら先輩も後輩もベテランも新人も無いだろう。
状況が常に動き続ける試合中に「ですます調」で伝達し合うのは、どうだ。
効率が悪いし、なによりお間抜けではないか。
そして大切なのは言葉遣いというのは服装のようなものであるということ。
丁寧語・敬語というのは『私』が『公』に対する際にまとう『個』の、その看板のようなもので。
あくまで大人対大人として、ほどよい距離を保ちましょうという意思表示なのであーる。
わかりる?
接近であり、敬遠でもあると。
て
な
わ
け
で、
パンツはいてから、始めようぜ。
のスピリットで「いや、オレ、ため口似合わないんで」と遠慮しておきますた。
☾☀闇生☆☽
裸は自信ないっす。