あろうことか、店のエアコンが故障しているのである。
 悲しいことである。
 世間がゴールデンウイークの間も、我が潰れかけのエロDVD屋は、息も絶え絶えに営業中だったわけで。
 そこへきての店舗のエアコンがおねむだぞと。


 たしか三月だったと思う。
 暖房の効きが悪いなあと思っていたら、見たこともないエラー記号が表示された。
 それは天井に埋め込み式の店舗型のものなので、大家に問い合わせると、
「うちの管理じゃない」
 と、にべもないではないか。
 そこでうちのオーナーと大家の弁護士との間で責任の所在をめぐる喧々囂々のやりとりがあり、ともかくも見積もりを出そうじゃないかと。
 メーカーの診断では、どうやらビルの屋上に設置してある室外機がリタイアしているとのことだった。
 修繕費、実に200,000円。
 どぉぉぉおん。
 にじゅうまんえんだぞ。
 そんな殺生な。
 潰れかけの店舗に、これはなかなかの仕打ち。
 その後、気候に救われて、店内環境は送風で済む幸運な日々が続いていたのだが、四月になってビミョーなことになってくる。
 ビミョーなとこに汗もかいて。
 ビミョーな臭いがしはじめて。
 五月に入ってその危機感は増すばかり。
 この間、弁護士との交渉に敗北した我らがオーナーは、より安いメンテナンス会社を探していたらしい。
 なにを悠長な、と思う。
 それもそのはずでこのオーナー、普段は別の姉妹店に立っているのであーる。
 だもんでこちらの窮状が、なかなか伝わらないのだな。
 後方に置いた作戦本部にあぐらをかいて、前線の報告を聞いているだけ。
 その後、別のメンテナンス会社の営業マンが訪れたが、予約はいっぱいらしく。
 すぐには修理にとりかかれないと。


 現在、それからさらに二週間が経っている。


 いや、我々店員はかまわん。
 ええ、かまいませんとも。
 問題はお客さんだ。
 これではエロどころじゃないだろうし、
 じっくりと選べない。


 そういえば、前に勤めていたレンタルビデオ屋でも同じようなことがあった。
 そのときは七月だったからさらに地獄。
 故障を知るやあたしゃ本部に連絡してメーカーを伝え、手配を頼んだのだ。
 しかしやはりシーズン中とあってなかなか来ず、出張修理が来たのは八月に入ってから。
 作業着の男が四人も現れて、なにやらものものしい。
 で、開口一番に言うことにゃ、
「どこですか、問題の空調は」
「へ?」
「どこもなにも、その壁に張り付いているそれっす」
「これ?」
 そこでやっととんでもない間違いに気づいたのである。
 それはMITSUBISHIのエアコンで。
 店舗型で。
 あたしゃたしかにそう本部に伝えたのだが、受けた幹部が勝手な判断で『三菱重工』に問い合わせたのである。
 店舗型、だから家庭用よりはごついと。
 ごついのは重工に違いないと。


 なんちゅー根拠じゃ。


 ふたつはほとんど別会社だし、『重工』の扱うのは工場とかでの、いかついやつでしょが。
 されど、時すでに遅し。
 なんか知らんがひたすらあたしが謝って重工のスタッフにはお引取り願い、出張修理の予約を入れなおしたのだった。
 お盆をはさみ、待つことさらに二週間。
 来る客、来る客、ことごとく不機嫌になる。
 それだけならいいが、お叱りまでいただく。
「なんでクーラー入れないのよっ。もおっ」
 もおっ、つったってどうしようもない。
 すんませんしか言いようがない。
 だいたい連日の真夏日だ。誰が好き好んで空調を切って五十度近い環境で、働きますかね。
 こっちは窓もなく
 入口の自動ドア以外に外気の入り込むところのない部屋に拘束されてんだっつの。
 死にかけの金魚ですよ。
 ぱくぱくしてますよ。
 こんなことを言っては元も子もないが、イヤだったら店から出て行けるお客の自由が、うらやましかった。
 輝いていた。
 このせいであたしゃ体調を崩し、
 寒気がするので風邪だと思い込んで。
 ジャンパーを着込んで勤務しつづけるも、あえなくダウン。
 炎天下をさまよって病院を探すもお盆休み。


 あっちにひよひよ、
 こっちにひよひよ。


 近所にやっと内科をみつけるも、男子禁制で追い出され。
 熱は四十度。
 頭はハイになっちゃって、なんだかわからない。
 ひよひよ。
 風邪なら汗をかいて寝なくてはと、厚着して布団をかぶってひたすら眠った。
 実はこれが逆効果だったのである。
 熱射病だったのだ。
 ただ水分補給の一点で、風邪への対処と重なっていて助かったのかもしれない。


 このてんやわんやで思い出すのが司馬遼太郎の『坂の上の雲』である。
 唐突だが、実際そうだったのだから仕方がない。
 この本が世の経営者のバイブルと言われるのにはやはり理由があって。
 舞台は日露戦争。有名な二〇三高地のくだり。
 前線をろくに視察もせず、遠く後方にしつらえた作戦本部から机上の空論をぶつ参謀を、司馬は容赦なく罵っているのだ。
 戦国を通じても、そんな軍団が強かったためしがないと。
 信長も秀吉も家康も、勇敢に陣頭にたって檄を飛ばしたではないか。
 ならば、たかがエロ屋ならなおのことである。現場を見よと。
 その余裕がないのなら、現場に一任せよと。


 ひよひよさせんな。


 ちなみに、
 のちの研究で、この『坂の上の雲』での司馬の解釈は史料的に否定される。
 んが、
 大なり小なりの組織(チーム)を考えるときに、この視点はおろそかにしてはいけないね。
 人を不幸にします。










 ☾☀闇生☆☽





 で、
 なんだ、ひよひよって。