「白い靴、買ったよーっ」
 そう叫んで、遠くからうれしげに手を振ったのだそうだ。
 少年の日の俺は。
 母の夢の中で。
 
 
 なんてことを報告してくれちゃうんだろか、おかあちゃんたら。
 これが映画やゲームなら、ギン勃ちの死亡フラグではないか。
 あまりにベタな布石のパターンなので、あたしゃ電話口で言葉に詰まってしまったよ。
 不吉な。
 俺、だいじょぶかしらと。
 もろもろの駄目を重ね続けて今に至るが、ここでコト切れてしまってはこの半生、あまりに何もない。
 不甲斐もない。
 そんな、ないない男の部屋にも朝から電話をかけてくれるヤツがおり。
 しかも自発的に。
 ありがたし。
 出てみるといきなりこうだ。
「鉄郎。999に乗りなさい」
 違った。
「闇生。スタジオに来られよ」と。
 ヒマに決まってんだから、タイコ叩きに来いと。
 それじゃあ、ってんでのそのそと、スティック片手に出かけた次第である。
 断っておくがドの付く素人である。
 できればレもミも付けたいくらいだ。
 んが、
 カラオケにとんと縁のないあたしにとってそれは「ごっこ」なノリで馬鹿をやらかせる数少ない遊びなのであーる。
 にしても、何年ぶりだろうか。
 であるからして、やっぱ無理があるのだな。
 よりにもよって求められるのがVAN HALENメドレーですから。
 打ち合わせも、練習もなくひょいと合わせられるようなシロモンじゃないですから。
 しかもドラムて。
 おいおい。
 ギターとふたりで。
 VAN HALENのドラムて。
 

 予約したスタジオのドラムセットが、直前に使用したドラマーのチューニングのままだった。
 おそらくはうまい人だったにちがいないとひと目で分かる、実に使いやすいセッティングでござった。
 ジャズ系の人かな。
 いい使い手の道具っていうのはほら、たとえば名手のグローブのように、実用にかなったいい貌(かお)をしているものなのだ。
 眺めがいい。
 とまあ、
 ここはひとつ聞いたふうな口をきいておこうじゃないか。
 なんせあたしゃアレックス・ヴァン・ヘイレンなのだから。
 ぬははは。
 こういうのはアレなのだ。運動力学的に理にかなった配置になっているものだからして、無駄な力を一切必要としない
 よって、下手くそにもそれなりに遊べてしまうのであーる。
 ともかく、我がドラミングは聞くに堪えないが、すこぶる気持ちはよかったぞ。
 欲を言えば、
 せめてAC/DCならば、キープに徹していればいいから更に楽ちんなのだがねえ。
 などと安易な発想で手を出してみたところで、それはそれですぐに飽きてしまうことだろうことは分かっている。加えて、似たり寄ったりで混乱するに違いないことも。


 さてさて、帰宅するや今度は資格のお勉強だ。
 スティックを鉛筆に、
 ドラムをこのポンコツ頭にとり換えて叩きながら、
 はずかしいくらいに基礎の基礎からちょこちょこと。
 折りよく、まっさらのまま仕舞いこんで忘れていた大学ノートを見つけたので、それを使って。
 だってもったいないじゃないですか。
 それはきっと昔、なんらかの決意のもとに購入したはずのノートに違いなく。その証拠に、表紙にデカデカと書いたタイトルらしきものを、マジックでぐしゃぐしゃに塗りつぶして汚しているのだ。
 ノートを使うまでもなく、あえなく何ごとかに挫折した模様。昔の俺。
 またしても不甲斐ない。
 その若き日の無念を晴らすべく、使ってやっているのであーる。


 ところがだ、
 この日、ノートの最終ページになにごとか書きなぐってあるのを発見するに至るのだな。
 横書きの罫線を無視して縦書きとして使おうと、さてはノートをケツから使い始めたのだ。昔の俺ってば。
 そこに綴られた言ノ葉、
 パソコンはおろか、はるかワープロ購入以前の産物であることは紛れもない。
 よって、抑制が効かないまでの筆力が物語るそのささくれ立った情念たるや、
 生々しく、
 若々しく、
 苦々しく、
 まがまがしく、
 そして、とげとげしい。
 どうやら詩のようなものをしたためたかったようで。
 曰く、




 かわききった
 ゼンマイが
 部屋に満ちた月の蜜を 吸って
 人知れず
 ふやけていく 真夜中
 チンパンジーが



 と、
 蒙古班まるだしのケツの青さもつかの間に、そこでぶっつりと終わっていた。 
 なんなんだ。唐突にチンパンジーって。
 どうなったんだ、チンパン。
 そんなとこで断念するなよ、フニャチンめ。
 その意外性に百万歩ゆずったとして、そこはせめて日本猿だろうに。
 って、そういう問題でもなさそうだ。
 んが、
 ひねり出そうともがきつつ、ついにひねり出せなかったイエローモンキーの便秘のあがきだけはひしひしと。
 して、まざまざと。
 おそらくは、いまのあたしに幻滅するに違いない若き日のあたしを、そしてその未熟を、嗤ってやるアレックス・ヴァン・ヘイレンなのであった。
 

 Ha-ha-ha,
 So Funny!




 
 真新しい白い靴を手に、
 風の中で微笑んでいたあの少年の未来は、
 こんなことになってしまっておるのです。


 ☾☀闇生☆☽


 では、おやすみなさい。
 夢で逢いましょう。