どうやら、はめられちゃったらしい。
長期の現場に。
警備員として。
派遣より単価が安いのであくまで『間つなぎ』という約束はしておいたのだが、どうやら現場さんには許されそうもなく。
ともかく現場の第一日目。
初対面の監督は開口一番にこうのたまうのだった。
「二十年以上もお前の会社を使っている」
ありがたし。
と恐縮する内心でこうも思う。
そらきた、と。
初対面でまず自分の優位性をくどくどとのたまうのは雄の性なのだろう。
この監督の場合、第一声がこれだったのである。
そしてこうくる。
お前の会社で俺が認める警備員はまずHとS。
それからAさん。I。
それと向こうは覚えていないかもしれないけれど、Yさん。
別格として先輩隊員の名前を列挙していくのだ。
異論は無い。
鼻毛の先ほども、無い。
彼らは特別に優れた警備員たちである。
Hさんはとりわけここに上がった名前の中では、建築、土木、道路すべてに対応するオールマイティさと、バイタリティ溢れるサービス精神を持ち合わせているから、頭ひとつふたつ飛びぬけている。
将棋で言えば金に成った飛車角クラスだろう。
Yさんは建築専門。
大きい現場の常駐ばかりを渡り歩いていて、それぞれの監督からの信頼もあつく、Hさんともどもに指名が多いお方。
その他の方々もそれぞれタイプは違うが金銀レベルといって差し支えない。
むろんあたしゃ彼らの足もとにも及ばないが。
その一方で、使えない隊員の名前も彼はあげるのだ。
あたくしと同じ地域の居住者として連想したのだろうが、まず上がったのがMさん。
目を合わさず、いつもぶすっと怒っているような印象。
心を閉じたようでいて、いったん胸襟をひらくと自分のことだけはべらべらと喋りまくる。
自分が絶対で、
ときにみょうちきりんな正義感を押しつけて譲らず、
他人にまったく興味が無く、
話を聞かず、
その所為で何年たっても同僚の名前も、その趣味趣向もまるで覚えない。
絵にかいたようなオタクキャラ。
それとTさんとかいう、名前だけは噂に聞くベテランだ。
彼は癖があるらしく、俺流の頑固もので、ほとんどの同僚に煙たがられている。
けれど彼の場合、施工期間の途中で別現場のリクエストに応じて抜けたから、というのがこの監督が出入禁止にした理由だそうだ。
釘を刺されてしまった。
派遣の現場がはじまるまで、という約束であたしゃこの現場を受けている。
ひょっとすると監督はうちの営業からその事情を聞いているのかもしれない。
その上での釘だろう。
そんなことを云われても単価があまり違いすぎるのね。ケービと派遣では。
こんな日給で、そこまで義理を果たさなくてはならないものなのかと。
それにしても毎回疲れるのは、どこの監督もとにかく自分がいかにすごいかをアピールしてくることである。
お前もか。
またかよ、と思う。
現場での武勇伝。
知識。
経験。
むろん傾聴に値する生の貴重な情報である。
ためになる。
尊敬する。
んが、一番面倒くさいのが、こちらの会社の『上』を会話の上で小僧扱いすることで優位性を強調することだろう。
呼び捨てやチャンづけ、もしくは「あいつ」呼ばわりだ。
営業には、便宜上そんなキャラを演じるひとが間々あるのはわかる。
それもテクニックのひとつとしている。
しかし、いくら客だとしてもそれを第三者の前でひけらかすのは、どうかと思う。
ケービの場合、社員である内勤者と一般隊員とは厳密には上下関係にはないのに、である。
隊員は受けたくない現場を、断ることもできる。
もちろんそれによって仕事を減らされることもあるだろうから、個人の交渉力や現場能力によるのだが。
そんな関係だからこそ、このたびの現場について、我らが営業はわざわざあたくしの現場にまで出向いてきて、常駐をお願いしにきたのである。
やってくれませんか、と。
お願いします、と。
そんな関係は上下じゃないだろと。
けれど、そこのところを理解している監督が少ないので、こうしてアピールしてくるのだろう。
お前にとっての『上』なんか、屁だぜと。
繰り返すが、確かにお客様ではある。
けれどそれ以前にあたしとあなたは他人なのだ。
これはあれか。ゴリラのマウンティングのようなものなのか。
知らんが、あたしにとっちゃどこ吹く風の中の屁に過ぎないのであーる。
せっかく会ったんだ。
一期一会でいこうぜ。
補足。
所詮、社会という名の猿山でのこと。
ヒエラルキーの一端、卑近なとこでの示威的言動は、むしろ常識なのに違いありません。
追記。
しかしあれですな。
尊敬する仲間が、当人の知らないところで褒められていると、それを知らせたくなってしようがありませんな。
余計なお世話でしょうし、
こっちゃ致命的なほどキャラが薄いので、仮に伝えたところでいつも「なんだかなあ」な展開になるのですがね。
あたしゃ尊敬していますよ。勝手にね。
☾☀闇生☆☽