ケービ士のバイト。
四日間の研修を終えたその翌日から本業の出勤をはさみ、んでようやく本日健康診断を終え、制服および装備品一式を預かった。
ほら、
あの赤くてピカピカ光る誘導灯とかさ。
トラックに踏まれても大丈夫な安全靴とかさ。
あとはケータイのメールに仕事が入り次第、いざ出勤という運びである。
なんでも在籍確認とかいうのが済み次第、そういう流れになるそうなのだ。
いやあ、正直めんどくさいわあ。
なんやかんやと何枚もの書類に住所氏名を書かされて。
誓約書だの、なんだのとさ。
ハンコ押したり。
住民票やら本籍地から取り寄せた身分証明やら、またしても顔写真やらと提出して。
書きまくりよ。
でもって厳格で冷徹なる上司に、あれこれ間違いを指摘されてさ。
実はね、
今日は制服合わせだけだと聞いていたし、持ってこいとも言われなかったから、規定インナーであるところのワイシャツを持参しなかったのね。闇生は。
いやあ、まいったわ。
そうと知って、ドン引きする上司たちの、あの空気ったらもお。
失笑してるのもいたし。
やっちまったぜい。
だははは。
この歳になって、あそこまで上から目線の滝つぼに突き落とされるとはね。
上司はみんなはるかに年下だし、うっかり溺れかけた。
つれえよ。嗚呼。
そうだ、
聞いていなかった、と言えばだ、健康診断の前に飲食するなというのも、あたしだけ聞いていなかった。
まあ、しれっとして受けてやりましたが。
しれっとしたところで数値には出ちゃうのだろうが。
こうなったら気合でしれっとしたろうと。
朝は山菜そばに卵を落としたのをがっつり頂いたし。
昼前には姉貴から送ってもらった巨峰をひと房、たいらげたった。
ジューシーの極みに酔いしれつつ、気づいたらまんまと完食という体たらく。
どうだ。
それがどう結果に影響するのかは、あたしの知ったこっちゃーない。
今となっては、あたしのマジの、全力の、大人のしれっと力に賭けるしかないだろう。
それはそうと、
職場もまた共同体でござる。
職場が変わればルールも変わる。
となれば、何でもかんでも奔放にふるまっていたのでは、はみ出ちまうわけで。
てか、出ていかざるを得ない。
けど、こうまで杓子定規が厳密だと、さすがに怯んでしまうものでね。
んが、それはつまりいい加減ではない証拠であると。
そういうことにして、様子を見ようと思うのだな。この度は。
というのも、きっとどこへ行こうが五十歩百歩なのだからして。
闇生は、闇生の身の丈でやりくりするしかないのだ。
泳げないのを川のせいにして、海に行ったところで同じことと。
びびり出したらキリがない。
と書けば書くほど、つまりはおまえ、びびってたんかいと。
実は帰路、
装備品をぎっしり詰めたバッグを背負って立った満員電車のなか、本部の冷たい空気を思い出しながら、あられもなく怯んでしまったのだ。
なんだ、この現実はと。
俺って、こんな終わり方なのかと。
そらみたことか。
今日はミカバンドのライヴを観たり、聴いたりして。それから寝ようっと。
Live in London.
言っておくけど、すげーよ、このライブは。
バンドが一丸となったうねりにさ、目ぇ回される。
なんか外は風が強いね。
☾☀闇生☆☽
今日、健康診断などをご一緒したのは、女性のかた。
何ごともひとり言をしながら、ひとり合点していく癖のあるお方。
ぶつぶつと疑問を抱いて「あそうか」と解決するような。
別に珍しくはない。
けど別れ際、上司がそれを気にとめて首をかしげた。
あ、そうか。
エロDVD屋という職業柄か、お客さんにも、店員にも、一癖も二癖もある方に出会う機会が多い。
して、
それにいちいち目くじらを立てていたのではかなわないわけで。
ケービ士もエロDVD屋も、門戸の低さと広さはどっこいどっこいだろう。
だだっぴろいとったら、ない。
しかしケービ士は仕事柄、それらを型にハメて矯正していかなくては、にっちもさっちもいかないわけ。
そんな人、余裕でいるよ。と思いつつ、それに対してこれ見よがしに首をかしげてみせるのは、彼の若さなのか。あるいは職務柄なのかと、首をかしげた闇生なのであった。