壁の言の葉

unlucky hero your key


 それは、
 さながら鮮やかに散っては踊る花火のようで。
 真昼の保育所のその白い庭に、
 次から次へと子供たちが飛び出してくる。
 どうやら三輪車で遊ぼうという、そんな時間らしく。
 それぞれ、好きな色のを選んでは、得意満面でそこいらじゅうを乗り回しはじめるのだ。
 ふと、
 わっと、
 もめる声がして。
 目をやると案の定、奪い合いがおっ始まっておった。
 赤い二人乗りの三輪車に男の子がまたがっていて、それを奪い返さんとして立ちはだかった女の子が、ハンドルを離さない。
 すかさずネゴシエーターが登場。
 保母さんが、男の子の説得をはじめている。
 なんでも、
 女の子が乗っていたのを、強奪したらしい。
 噛んで含むように、その理不尽を説くのだが。
 女の子はやがて泣きだし、
 しかし男の子は鼻息も荒々しく石となって、頑としてそこを譲らない。
 保母さんは女の子を慰めて、空いている一人乗り用の青い三輪車をあてがった。
 けれど、
 彼女に満足のいくはずも無く。
 欲しいのは、二人乗りの、
 つまりは大型の、赤い三輪車なのだ。
 

 申し遅れたが、
 あたくし闇生はケービのバイト中。
 この保育所に隣接するアパートの外装リフォーム工事を持ち場としている。
 んが、
 あまりに安全な現場状況であるからして、
 ついつい、お隣を観察しているのであった。
 などと、のたまっていると。
 またしても、わあっと泣き声が上がる。


 声の主は先程の男の子。
 赤い二人乗りを、さっきの女の子に奪還されてしまったらしい。
 現場を目撃していた保母さんによる同僚への説明によれば、
 落ちていたスコップに気を取られて、男の子はつい下車してしまったらしい。
 そのスキを、復讐心にたぎる女の子が、見逃すはずも無かった。
 一目散に駆け寄って、まんまと二人乗りの赤をゲット。
 これ見よがしの笑顔でツーリングを満喫している。
 保母さんが先ほどの件を持ち出して、因果応報的にまとめてかかるのだが、当の男の子は、ショックのあまり拾ったはずのスコップを取り落として、慟哭するばかりだ。
 やがて、
 保母さんがまたしても空いている青の一人乗りを薦めるが、今度はそうこうしているうちにその青までを、別の女の子に取られてしまうという、なんだろう、悲劇か。
 てか、
 見ているこっちにゃ、喜劇かと。


 うん。
 飽きないわあ。
 子供たちってば。


 遊びはやがて、鬼ごっこに変わった。
 ミスターオクレ似の保育士によるイニシアチブで。
 泣いた子も、
 笑った子も、みんなオクレ鬼に追われて、小さな庭は逃走の宴と化すのだった。
 

 けど、
 そういうとき、かならず集団から離れ、ひとりで黙々と違う遊びをしている子がいるもので。
 女の子がひとり、
 赤い一人乗りの三輪車で、わが道という名の街道を、ぶいぶいいわせておるぞと。
 あえて狭いとこ、狭いとこを選んでは、そのギリギリ感を堪能しておるぞと。
 惜しくも通り抜けられないところなどは、
 バックして、
 切りかえして、
 内輪差を見計らいながら、またチャレンジするという念の入れようだ。
 これ、
 まるで、かつてのあたしなのだな。
 あたしが、そこに居たのだ。
 たいがい、こんなことしては、子供の頃から時間を潰すことに没頭しているのであーる。


 で思い出したのだが、
 いまではまるで人気のないあたしもそのころ一度だけ、遊びのイニシアチブをとったことがあって。
 保育園のとき。
 門のそばに立つガラス戸の掲示板のなかに、何を思い立ったのか泥人形を祀って、お祈りをしだした。
 土下座し、
 黙々と拝礼を繰り返すあたくしに、よほどオーラがみなぎっていたのに違いない。
 ふと振り返ると、
 五六人の同級生が、あたしを真似て、土下座しているではないか。


 もすらー、っや♪


 おそらくはあの時、あたしゃ一生分のカリスマ的なものを使い果たしてしまったのに違いない。
 しまったのだろう。
 しかし、なんだ。
 子供の遊びを嗤ってはいけないということなのだ。
 子供にとってはそれが、世界を知る唯一の手立てなのだから。


 持ち場に立つあたくしと、この保育園は檻状のフェンスで隔てられている。
 あたしから見ると、
 すぐ足元に、あたくしの私物を詰め込んだデイバッグがあって。
 それは境界のフェンスに立てかけられており、
 その向こうにはすぐ花壇があって、
 きっと植え替えの作業中なのだろう。
 用務員のおじいさんが、土を掘りかえしている。
 その穴を、
 しゃがんでじいっと覗き込んでいる子供がふたり。
 男の子と、女の子。
 静かだったので気に留めていなかったのだが、ふたりはスコップを手にして、黙って穴の底を見つめていて。
 あたしに気づいて、はっとなったらしく。
 目を丸くして、はからずもケービの大人と対峙するはめに。
 ますます押し黙ってしまった。
 

 すまん。


 コワイ目つきで、すまん。
 慌ててなけなしの微笑みを試みたのだが、
 まるで、蛇ににらまれたナントカ。
 言葉なんていらない的な二人の時間に、水を差す形となってしまって、すまんと。
 おそらくは、花壇の穴の中に、
 その底の暗がりのかなたに、
 二人は輝ける未来を見ていたのに違いなく。
 それは大人の穢れた瞳には、とうてい見ることのできないほどに、眩しいわけであり…。


 そのとき丁度、作業状況が変化して、
 あたしゃ場所を移動した。
 一段落ついて、
 またフェンスのそばに戻ってみると、すでに花壇に子供たちの姿はない。
 園庭も、がらんとして。
 忘れられたプラスチックのスコップがひとつ、隅っこに転がっているばかり。
 あたしゃ置いてけぼりを食らったようで。
 んで、
 しばしうつむいて。
 と、
 その視線は、自分のデイバッグに落ちた。
 フェンスごしにスコップでやりやがったのだろう。
 花壇の黒土が、こんもりとかけられてあった。



 やるなあ、子供。



 ☾☀闇生☆☽