「片腕をもがれたような」


 自分にとってかけがえのない何かを喪失したときの精神状態を、人はよくそう譬える。
 いわずもがな、肉体と精神は同一ではないものの、かといってまったくの別物でもないことの証左である。
 先日、同業者が勤務中の事故で肉体の一部を失った。
 それを知らせる緊急の一斉メールは隊員の名を伏せてはいたが、その不注意を会社は強くののしった。
 無理もない、注意を喚起して、同様の事故は絶対に防がなくてはならないからだ。
 にしても、思う。
 あたしよりひと世代上のお方である。
 この雨の朝を、どんな絶望の底から見上げているのか。
 あるいはまだそれどころでもないのか。
 もし自分だったら、と前向きの『前』を模索して、車椅子バスケを描いた漫画『リアル』を連想したが、あそこに描かれる人物はどれも若い。
 猶予がある。
 でも、生きねばならん。
 てか、生きろよ。


『よく覚えとけ。現実は正解なんだ。時代が悪いの、世の中がおかしいと云ったところで仕方ない。現実は事実だ。そして現状を理解、分析してみろ。そこにはきっと、何故そうなったかという原因があるんだ。現状を認識して把握したら処理すりゃいいんだ。その行動を起こせない奴を俺の基準で馬鹿と云う』
 立川談春著『赤めだか』(扶桑社)に紹介された師匠談志の言葉。
 
 






 ☾☀闇生☆☽