歩く。1

 数日、咳に苦しむ。
 窓付けのエアコンからカビが飛んでいるのかもしれない。
 頭も痛い。
 しかし、それを理由に予定を後回しにしてばかりいたら、休日を無駄に潰してしまう。
 かねてから考えていた甲州街道*1踏破の、せめてスタートだけは切ってしまおうと電車に乗った。


 むろん日本の主要路の起点である日本橋の道路元標を確認し、

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道路元標の複製。オリジナルは橋の車道中央なので直接見るのは危険なため歩道にこれが設置されてある。


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元標は、あそこ! 中央線のどまんなか!


 不倫や心中未遂の男女が晒されたという晒し場跡をさがすが、現在はボートの搭乗受付になっていた。
 当時は不倫は発覚すると晒されたのですな。
 いまでも有名人なら晒し者にされますが。
 呉服橋あたりで北町奉行所あとをたずね、
 東京駅を抜けて、吉良上野介浅野内匠頭の刃傷沙汰があった伝送屋敷跡を捜すが見つからず、スルー。
 和田倉橋から皇居に沿って半蔵門をめざす。
 日比谷公園の日比谷見付跡、
 そしてその一角にあったはずの長州藩上屋敷跡をさがすが、わからない。
 三笠山という小さな丘陵が、敷いてある石の古さからみてそれだったのではないかと想像。
 藩邸であっても有事の際には防衛を考えなくてはならなかっただろうしね。
 石垣にしてあったのでしょう。
 頂上に立つ。
 ちかくで野外ライブでもあるのか、にぎやかな音が届く。
 サザンだろうか。
 しかし頭の中ではここのところパット・メセニーが風のように吹きつづけている。
 桜田門を通り、
 国会前、
 このあたりに日本の水準原点があるというが、暑さに滅入って、捜すのがめんどくさくなる。
 交差点で警官が信号ボックスを開けて操作しているのが、あちこちで目につく。
 要人でも通るのだろうか。
 三宅坂
 そして半蔵門
 かつて服部半蔵が守ったとされ、クーデターの際には家康を甲州へ落ちのびさせるための要路であったという。
 門前に黒装束の忍者がいる。
 もとい黒服の紳士だ。彼に声を掛けられた。

「まもなく陛下が皇居から出てまいります。よろしかったらお見送りできますが」

 そんなようなことを言われたと思う。
 明るく丁寧でやさしい物腰でトラバーで区画された場所に案内される。
 あたしのようにたまたまそこを通りかかったらしき人たちが、すでに四、五人、出待ちをしていた。
 門の中に待機している車列が、通りからもよくわかる。
 白バイが左右に二台ずつ。
 黒塗りの車が七、八台くらいあっただろうか。
 天皇陛下は二台目に乗っていると黒服さんに教えてもらう。


 はたして、その時がきて、
 門の車止めが片付けられ、車列が動き出す。
 二台目の後部座席の窓がさがる。
 脱帽して頭を下げるトラバーの面々。およびあたくし。
 少しは離れたとこでスマホをかざしたグラサンのチャリンカー。
 あの柔和なお顔がひとりひとりの顔を確かめるように応えられる。
 スマホをかざすのはなんか失礼だと思ってやめておく。
 相手が天皇ではなかったとしても、それは無礼だろうと。
 万歳を絶叫する者もなく、左右のプロが出待ちをするでもなく、当たり前で、かけがえのない日常。
 信号の操作も一瞬で、警察の警護もさりげない。
 車列がすべて通過すると、黒服に礼を言って麹町へ。
 四谷。
 四谷見附跡を見ておく。
 コンビニに立ち寄ってクーリッシュで涼をとる。

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聴く。の像。


 うっかりと半蔵の墓と豆腐地蔵を通り過ぎてしまっていることに気づいた。
 しもた。
 ううむ。
 めんどうだし、この暑さだ。
 あきらめて次のお岩稲荷へ向かう。
 御朱印の担当が常時はそこで来訪者を待っているらしい。
 しかし、タイミングがわるく外出中。

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案外、知ったつもりになっているお岩の話。あたしもちゃんと読んだのは京極の『嗤う伊右衛門』くらいで、オリジナルはなんとなくしか知らない。


 やがて新宿。
 ホコ天をぶらりぶらり。
 甲州街道最初の宿場がここ内藤新宿だったという。
 うん、寄り道しながらちんたら歩いて三時間か。
 当時の徒歩の旅というのはそういうペースだったのかもしれない。

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親切な警告を見かける。油断すると抜き打ちにされますからな。芸術には。




 気が向けば、つづきをやろうかと。




 ☾☀闇生★☽

*1:五街道のひとつ甲州道中をウォーキングという意味です。