『ザカリーに捧ぐ』感想。

 カート・クエンネ監督作『ザカリーに捧ぐ』松嶋×町山 未公開映画を観るTV DVDにて


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 実際の殺人事件を被害者側からの視点で追ったドキュメント映画。


 ある青年が、その元交際者に殺害された。
 犯人はあきらかで、まもなく逮捕されたが、なんと被害者の子供を身ごもっていた。
 獄中にありながらやがて加害者女性は出産する。
 そしてその親権を声高に主張する。
 被害者の両親は息子を殺した女を憎悪しつつも、息子がのこした子供を守ろうとする。
 加害者は保持する親権をいいことに、遺族に無理難題をふっかける。
 つまり幼い子は、さながら人質のような意味を持ちはじめる。
 それでも被害者の両親は、辛抱強く女の要求を聞き、対応し、ときに拒みながら関係がとぎれぬように付き合い続けるのだ。


 問題は、この殺人犯が出所し、野に放たれてしまうことにあった。
 親権が認められているため、子と会い生活することが許される。
 怒りにかられた独善的な愛によって交際相手を殺害してしまうような人格が、なんら矯正もされず、更生もなされたか定かではないままに、放たれる。


 フィルムは、もともと映画のためにつくられたのではないという。
 故人の親友が、残された子ザカリーに父親がどういう人であったか、どれだけみんなに愛されていたかを伝えようと企画し、撮影を始めた。
 なので、視点はつねに被害者側に寄り添う。
 犯人の素性や生い立ちにはほとんど触れないままに進行していく。
 どうしてこんな悲劇が。
 という思いがフィルムが進むにつれてつのってくる。
 有体にいえば犯人側の情報も欲しい。
 しかし、そんなわけで、もとは一般公開を目標にしてつくられたのではないために、偏るのである。

 その事情さえおさえておけば、それはいい。



 
 しかしまあ、愛は強いね。
 愛とは耐えることなのだなあと、つくづく感心した。
 しぶとく、しぶとく愛す。
 むろん故人の両親による亡き息子への愛。そしてその息子がのこした孫への愛。
 それはひょっとすると憎しみを糧とした、悲壮なる愛なのかもしれない。
 加害者の持つ独りよがりな自己愛も、強烈だが。
 この両親の愛は不屈だったし、なにより友人知人からよせられる個人への想いが強い。
 どれだけ周囲に愛された人だったのか。
 その葬儀のようすに父親がこぼすシーンがあった。私が死んでもこれだけ多くの人々が悲しむことはない、と。


 
 愛は強い。


 ☾☀闇生★☽