同郷人として誇らしくなるようなニュースってのはなかなかないもので。
けれど、恥ずかしくなるようなことはこの時期ちょいちょいあるんだよな。残念ながら。
「なめんなよ!」「やってやるぜ」 ステージ乱入を制止…茨城・つくば市で式典が一時中断 追突事故の市長は謝罪…産経
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ぷぷぷ。「やってやるぜ」だって。
すんませんね。
民度が低くって。
そっちの方向で有名になるのは簡単なんだよ。
暴れりゃいいんだから、頭もいらないし。
町におりてきた猿が人を襲ったとかいう捕り物ニュースとあんま変わらないでょ?
つまり猿でもできる。
せめて共感をよぶとか。
ウケろよ。
追伸。
連中が路上で暴れてる動画を見たけど、周囲では和服女子の野次馬さんたちがにやにやしてみてるね。
大昔からある光景です。
なんも変わっていない。
まあモラリスト気取りのマジメちゃんになるのもかっこ悪いけど、率先して破壊行動の陣頭に立つ勇気もないという距離の置き方。
共鳴してますよ~。けどうちら第三者ですよ~的な。
ああいうのがまた、火に油なんだよなあ。
要はマウンテングですから。
で、お祭り騒ぎというものは、所詮はそれを推進力としていくものなのね。
ただし『祭る=祀る』ものがここには無いのが問題なんだけれど。
だもんでお祭りに「騒ぎ」がついちゃうんだな。
まあでも、彼らもあがいているんだ。
そういう時期だ。
ずーたいだけは勝手にでかくなるのに、少しも実現しない自己というジレンマ。
と不安。
ガスは溜まる一方なのに、かといって、どうすりゃいいのかもわからない。
なんせ技術がない。
まずその「ない」というのを、自覚できない。
そのガスを情熱にかえてそそぐべき対象も、みつからない。
みつからないというのも自覚できない。
なんだかわからないから、ただイライラはする。
しつづける。
だもんで、ハメをはずすしかない。
けど、外すべきそのハメの正体も、実のところわからない。
ハメの正体がわからないから、外しかたもわからない。
技術がない。
なんだかわからない。
それでもガスは溜まる一方で。
ぷちぷちと火種は飛ばせても、きちんと着火はさせられない。
なんせ技術がない。
くすぶりつづける。
それでまたイライラする。
ようはサカリのついた動物とおんなじなんです。
その膨れあがる情動がいったいなんなのか理解できないまま、
ともかくも手当たり次第に抱きついては腰をふる。
ふりたがる。
相手が電柱だろうが机だろうが制帽のおっさんだろうが、カンケー無いんだ。
渦中にないものから見ればわらえるが、当事者たちは必死だ。
腰をふることにだけ意味がある。
性欲も破壊衝動もごっちゃのまんま、腰振れわんわんである。
あがきは所詮、足掻きである。
少なくともそれで満ち足りることはできないということさえ自覚できれば、収穫。
くすぶりすら自覚できずに中年になってしまうのは、もっともっと痛いのでね。
イチローやジョブスにはなれないだろう自分を、
そして年寄りたちから回されるツケを払ってケツを拭くことだけは決定している自分を哀れんで、
せめてがんばって腰ふんな。
☾☀闇生★☽