壁の言の葉

unlucky hero your key

レスラー

 ダーレン・アロノフスキー監督作『レスラー』DVDにて


 ミッキー・ロークの復活作として話題となった『レスラー』を観る。
 全盛期を過ぎ、着実に老いていくベテランプロレスラー「ランディ」を熱演した。
 『ナイン・ハーフ』や『ホーム・ボーイ』『ジョニー・ハンサム』『イヤー・オブ・ドラゴン』『エンゼル・ハート』など彼の全盛期を知る映画ファンは、スキャンダルと挫折の陰影に富んだ映画人ミッキーの半生と重ねて解釈したに違いない。


 ベビーフェイス(善玉)として売ってきたレスラー・ランディは今や老いて、疲れて、トレーラーハウスの家賃の支払いにも事欠くありさま。
 ダウンジャケットは綻びてところどころ綿がはみ出し、雨ざらしの車は塗装が剥げたままになっている。
 唯一の心のよりどころが、場末のストリップバーで働く踊り子キャシディに合うこと。
 しかし筋力維持のために長年使用してきた薬物がたたったのか、激闘の試合の直後に倒れてしまうのだ。
 心臓にバイパス手術を受け、引退を考えるランディ。
 そこへきてようやっとこれまで顧みることがなかった家族を想い、老後の平安を渇望する。
 キャシディに求愛し、音信の絶えていた娘との関係修復をはかるのだった。


 以下、ネタバレ。












 うん。
 このあたり、よくある展開だと思った。
 類型としてボクサーなら『ロッキー』とかね。
 ジャズミュージシャンなら『ラウンド・ミッドナイト』とかね。
 予想していた通りで斬新さは全くない。
 んが、それでも最後までなんとか魅せたのは、やはりミッキー・ロークの半生と重なるからなのか。
 この映画では『夢』と『現実』の対比が柱になっているのだと思う。
 老いと孤独と貧しさにとらわれる現実と、華やかにショーアップされたリングという夢の世界。
 シングルマザーのキャシディにとってはストリップバーが非現実であり、夢を見せる世界で。対して二人の男の子の母としての日常が、現実。
 キャシディは客と踊り子という関係の一線を超えてはいけないと、頑としてランディの求愛を拒み続ける。
 あえなくキャシディにふられ、娘にも絶縁を突きつけられちゃったこの老いぼれレスラーは、老体に鞭打ってマットへの復帰を決意するのであーる。


 心臓に爆弾を抱えながらも再起戦にいどむランディを追って、バーを飛び出してしまうキャシディ。
 ショーをおっぽりだして駆けていくその背中に、同僚が声をかける。
「靴を忘れてるわ」
 そう、夢から現実への帰還。
 作り手はそこにシンデレラを重ね合わせているのであろう。
 しかしランディは、実生活(現実)をおろそかにしてきた半生を悔恨しながらも、自己を受け入れてくれるマットの上に命を投げることを決断するのだった。


 踊り子キャシディは、ストリッパーとしてはとうが立つ年齢で、潮時を考えはじめていたタイミングである。
 人気も衰え、若い客からはその年齢をからかわれ始めている。
 そこへきて常連客ランディからの求愛だ。
 自身への需要は、ステージの上よりも実生活の方が重いだろう。
 哀しいかなニンゲンつうものは、自己を認めてくれる方へ、認めてくれる方へと吸い寄せらちゃう生き物なのであーる。
 善悪ではない。
 理屈でもない。
 楽か苦痛でもない。
 むろんランディにとってもそうで、娘に拒否られ、オンナにも振られ、バイト先でも上手くいかず、となれば命の危険をおかしてまで喝采のまっただ中へと身を投じてもおかしくは無い。


 人の哀しみは、そこにある。


 自己の受け入れ先が仕事や家族ならばまだ仕合わせな方で。
 それが酒だったり、音楽だったり、あるいはドラッグだったり、ネットやゲームだったり、非合法な団体だったりするところに悲劇があるのだ。


 『夢と現実』
 面白いのは、時代遅れのランディとキャシディが80年代のロックを好むところ。
 90年代になって音楽がつまらなくなったと。
 夢がなくなったと。
 ニルヴァーナが登場してそうなったと。
 いや、それについては人それぞれ違った意見があるだろう。
 んが、時代遅れのこの二人にとってはそうなのだ。
 グランジ登場前のハードロックやメタルは、ショーアップされた架空の世界だった。
 しおったれた現実に対する夢だった。
 ハーレーを乗りまわし、ウイスキーをラッパ飲みして、半ケツのボンデージねえちゃんたちをはべらして騒ぐ終わらない夜。
 セックス・ドラッグ・ロックンロールを合言葉にしたパーティだった。
 いわば、サーカスであり、つまりがプロレスだったと思う。
 あのころ、しがないガードマンといえばバンドやってるロン毛のあんちゃんたちだった。
 酷寒の夜勤にぷるぶる震えながらも夜な夜な早弾きとかライトハンドとか、ハイトーンボイスとかに励んでいたのである。
 それに比べてグランジの登場はK1などのガチファイト。
 より、リアルに。
 内省に訴えて。





 いま見ると、わらっちゃうな。やっぱ。
 


 あたしゃWWF時代のランディ・サベージやホーガンに熱狂してたこともあって、ちょっと思い入れしてこの映画を見ました。
 サベージも故人になってしまった。
 ちなみにそういった「魅せる」アメリカン・プロレス界の楽屋事情を撮ったドキュメンタリーに『ビヨンド・ザ・マット』という映画があります。
 興味があれば、ぜひ。




 ☾☀闇生☆☽