マイク・リー監督作『ヴェラ・ドレイク』DVDにて
端的に言っちゃえば、まずは人工中絶の是非について考えさせられるのである。この映画は。
その是非の尺度は、法的、倫理的(宗教)、もしくは人道的観点からであり、これらは完全には同一とはならないのではないかと。
つまり法と善悪は、一緒じゃない部分もあるんじゃないの? という、そこだ。
すべての犯罪者が必ずしも悪人であるとはいえないのではないのか。
法が、コトの善悪まで決定してしまえるのか、どうかだ。
うんぬんかんぬん。
以下、ネタバレ。
舞台は1950年代。
戦勝の余韻に浸る英国。
この時代、法律によって中絶は禁止されており、そのくせ避妊の技術は未発達という背景がある。
富裕層では倫理にそむいた火遊びによるがゆえ、
または庶民や貧困層では経済的な理由から、
あるいは強姦によって、
孕んだ生命を否定せざるを得ない境遇におちいった女性たちが少なからず存在した。
彼女らが恃みにするのは、秘密裏にその‘処理’をしてくれる人。
主人公ヴェラ・ドレイクは温和でつつましやかな家庭の良き主婦として働く一方、家政婦として数件をかけ持ち、そしてこの闇の仕事を家族に内緒で続けていた。
その間、20年。
無償で。
若い娘さんたちを助けよう、という純粋なる善意から。
方法はきわめて原始的だ。
民間医療といった拙いレベルだ。
して、それがゆえに母体への危険がともなう。
先にあげた尺度の前提として、まずこの時代の堕胎術の安全性を考慮しなくてはならない。
堕胎というひとつの生命を堕ろしながら『安全性』とはこれいかに、というツッコミもあるだろう。
んが、
ヴェラの価値観はあくまで母体側に固く強く寄り添うのである。
その行為をさして「元の体にもどす」といってはばからないほどに。
とどのつまり、人助けであった。
そこに後ろめたさはあれど、悪意は微塵も介在しないのだ。
ところが、需要と供給の関係が、善意の無償行為で成立されてしまうとなると、
「もったいない」
そこに甘い汁を嗅ぎつけて第三者が介在するようになってくるのが世の常で。
正義や善意やボランティアといった旗印ほど利権に利用されやすいものはない。
お人よしにバカを見せる輩だ。
連中は、木で鼻をくくったような顔をしてどこからともなくそこに群れてくる。
たとえば斡旋屋である。
むろん依頼者からはカネを取る。
んが、ヴェラはそれを知らず、日々「人助け」に精を出すのである。
ストーリーと構図はきわめてシンプルだった。
まず慎ましくも仕合わせな家庭があって。
ヴェラがくり返す堕胎という違法行為の闇が。
対して、義理の弟夫婦にさずかる念願の子供という光が。
加えて、ボーイフレンドすらいなかった内向的な娘に実直な恋人ができ、プロポーズを受けるという幸福が訪れる。
そのパーティの夜に、ヴェラが処置をした一人の娘が、堕胎後の苦しみのあまり病院に担ぎ込まれる。
暗雲。
娘の母はやむなく事情を話し、そこから警察が動きだす。
宴もたけなわといったヴェラのアパートに、刑事たちが押し掛けるのである。
これを境にしてこの家族、絆が、揺れる。
実は、監督が描きたかったのは、そこなのではないかと。
堕胎云々についての是非を問うことで検めたのは、家族の絆の方だ。
そこにこそ普遍性が宿っている。
(堕ろされていった夥しい数の、正しくは生命ともいえるかどうかあやしい状態のそれらもまた、絆を持つ可能性を持っていた)
突如として一族のなかに逮捕者ができたときの、それぞれの反応。
苦悩。
保身。
人間関係の距離のおきかた。
義理の妹は、厄介事のように露骨に態度に出してヴェラを倦厭し始める。
息子は若さからか、違法すなわち悪と断罪して母をなじる。
根暗の娘とそのフィアンセは、それでもなお家族という絆のありがたみに感謝している。
保釈されたあとのクリスマスパーティ。
シーンで言えば、あのシーンが描きたかったのだと思う。
ゆるすものと、ゆるせぬもの。
そのはざまで揺れながらも、寄り添うもの。
とりわけ娘とその婚約者、地味で目立たぬ醜男レジーの心の強さが、優しさが、印象に残る。
キリストの最後の晩餐と対比させる意図が監督にあったかどうかはわからない。
んが、少なくともあたしの頭をよぎりはした。
ちなみにこのマイク・リー監督の代表作に『秘密と嘘』という大傑作がある。
本当の母を探す子と、その子を捨てた母というこちらも『絆』と『家族』について真っ正面から取り組んでいるのだが。
もし、この『ヴェラ・ドレイク』で俳優たちの演技に感嘆したのなら、是が非でもこちらも観ていただきたい。
彼の映画は出てくる俳優すべてが、素晴らしいから。
そしてそれを堪能するためには、ちゃんと時間を割いてじっくり観てね。
この『秘密と嘘』は、レンタルビデオ屋のてんちょーさんをやっていたときに手書きの熱烈な推薦文をパッケージにつけて陳列していた。
けど、テーマとタイトルから暗く重い映画だと敬遠される方が多かった。
言っとくけど、深いっす。けど暗くは無いっす。
行間のごとき『間』が雄弁で感動します。けど決してウェットではありません。
じめじめしない。
それがマイク・リー。
ブローバック・マウンテンのアン・リーとは別人なのでございます。
どーぞよろしく。
おまけ。
嫌な女性は厚化粧で喫煙者という色分けに、ウケた。
☾☀闇生☆☽