壁の言の葉

unlucky hero your key

おっさんの手。

 50歳を過ぎて、同僚のいじめに音をあげて故郷に帰ったおっさんがいる。
 彼は逃げ帰ったかのように思われている。
 けれど、そうだろうか。
 ひとつの選択肢を選んだだけだろう。
 バイタリティの問題だ。
 よそへ移るというのは、柔軟で、しかも強くなければできっこない。
 ましてや彼は職人である。
 腕があれば、どこにでも雇い口はある。


 あたしゃ彼は故郷に帰ったんじゃないと睨んでいる。
 仕事は都会の方があるからね。
 帰ったということにして寮を出て、別の会社に移ってるよ。たぶん。
 ましてや引く手あまたの土建業界だ。
 したたかだったのだと思う。



 彼を知る人が言うには、小さいころからいじめられっ子だったという。
 仕事ができないわけではないけど、なんとなく周囲がからかい始めるらしい。
 けど、手に職を持つというのは、生きるための武器なんだ。
 どこにでも行ける。





 学生さん。
 いじめられてるなら、その群れの外にも世界があるということを意識しましょ。
 で、そっちのほうがずっとずっと広大だよ。
 けど、同じことをくり返す可能性もあるのだな。
 その広大さも、良く見れば無数の群れで構成されている。
 手に職つけよう。
 いきなり高望みはするな。
 手っ取り早く免許とるとか。
 エクセル極めるとか。
 どこ行っても通用する基礎固めなんか、身近にごろごろある。
 ねじりはちまきするほどのことでもない。
 扉をひとつあけるだけ。
 でどこにいっても他者とのコミュニケーションからスタートする。
 そこ大事。
 ほんと大事。
 挨拶、第一印象、大事ね。
 歳とってからでは、それをブラッシュアップする時間も環境も限られちゃうのだから。
 若さの利点は、猶予だけ。
 それを活かすかどうかは自分次第。
 磨けば磨いた分だけのびる可能性を持っているのが、あんたらの、なによりの強みだ。




 追伸。
 例の隣室。
 やっと入居者ができた。
 が、挨拶にこない。
 気配はあるのに、顔も見たことが無い。
 エアコンを取りつけて、その室外機を真下の住人の窓の下に設置したのだが、それも何の断りも無かったそうだ。
 転居してさっそく一番身近なところを敵に回しはじめている。
 着々と敵を作っている。
 ちょっとした優しさをケチったせいで、住みにくくしている。
 自分で生き難くしている。
 どこへいってもそれをくり返しているのだろうなあ。
 



 

 ☾☀闇生☆☽