壁の言の葉

unlucky hero your key

 暇を持て余して新宿へ。
 西新宿のC&Cにてカツカレーを食す。
 自分と隣のおっさん以外はすべて中国人の家族連れという少数派的環境でござった。
 問題はこの中国人の団体さんではない。
 隣のおっさんだ。
 俗に「クチャ男」と呼ばれる、音響的に実に開放的な咀嚼をされる種類のお方で。
 簡単にいえば「ありのまま」なのだ。
 口を開けて食べなさるのだ。カレーを。
 おそらくはトイレの個室のドアも開けっぱなしに用を足されるに違いないであろう奔放さに、こちらは閉口する思いをしたわけであるが。
 それによってもよおす不快よりも何よりも、それが他の外国人たちに知られやしまいかという恐れ。
 羞恥。
 この場では同胞としてそちらの気持ちの方が大きい。
 しかし明日は我が身である。
 長く独りをこじらせていると、まずそういうところからありのままになっていくと思われ。
 かつての常駐現場でご一緒させていただいた独身中年監督が、まさにそれだった。
 そのお方はクチャ音はさせないものの、喫煙時に『スパ音』を、実に心地よげに放たれる。
 吸飲時の「ちうぅぅ」といった音漏れ、
 それからフィルターから唇を話した時の吸盤のような「っぱ」、
 でもって排煙時の「ぷうぅぅぅぅぅ」だ。


「ちうぅぅぅ……、っぱ。…ぷうぅぅぅぅぅぅ」


 これが延々とリピートされるわけ。
 ちうっぱ、ぷう。
 ちうっぱ、ぷう。
 とりわけこの「ぷう」が許せんと。
 せめて「ふう」にはできんものかと。
 なにゆえ「ぷ」にするのかと。
 半濁点で処理するかと。
 現場写真をパソコンで編集するあいだ、彼はずっとこんな具合なのであった。
 これを密かに『スパ男』と呼ぶことにしたのであった。
 まずいことに彼の監督という立場が、その無作法を誰にも突っ込ませないわけで。
 執拗に繰り出すギャグの致命的な痛さすらも、そのことごとくを半笑いかスルーでかわされてしまうので、かえって誇張し、強調して、くり返すという悪循環。
 ツッコミは優しさであり、指摘はやらしさであると心得るが、そこへいくと批判すらしてもらえないという裸の王様状態こそは、哀しさであると言えよう。
 孤の仕業である。


 などと考えつつ、我がブログを省みるわけだ。
 カツカレーを食べ終えるわけだ。
 口を拭って、ごちそうさま。
 ぽん、と肩を叩いて「がんばれ、おっさん」と店を出た。


 いや、叩かないし。
 言わないし。
 中央線を使って中野ブロードウェイへ。
 手製本を置いてもらえそうな店があるとの情報を得て、この度はじめてお邪魔したのだが、夏休みのせいか大変な賑わいでござった。
 ここにもいっぱい居たね。中国人。
 反日のほうは間に合ってるんでしょうか。
 余計なお世話でしょうが。
 ともかく意外と広く、店舗も多くて迷いました。
 サブカルの森の中で迷う愉しみが、存分に満たされること請け合いです。
 占い屋が多かったな。
 床屋や歯医者もあって。
 昭和のアイドル専門店なんかもあって、戸川純のポスターがでかでかと貼ってありました。
 好きです。この雑多感。混沌。
 欲をいえばもっともっとごちゃっとした退廃的ムードが欲しいところ。
 ブレードランナーとか。
 九龍風水傳とかの、あのいかがわしさが欲しいけれど、そこまでいっちゃうと栄えないんだろうなあ。
 二時間ほど散策してようやっと手製本を置いているお店に辿り着く。
 しかしみなさんちゃんと製本してるぢゃないのよ。
 自分のを思い出してみて、比べてあまりにみすぼらしくて、退散いたしました。


 出直してまいります。


 西荻ニヒル牛2へ。
 うっかりと『むし展』のワークショップに鉢合わせてしまうことに。
 参加している小学生くらいの女の子のテンションが、際立っていた。
 モノを作ることに夢中になってて、なんもまあ微笑ましいことか。
 わくわく、という言葉を思い出す。
 だもんで、このおっさん居場所がない。
 平田真紀著『浴室短歌』とビンの絵の入ったバッヂを買って帰る。








 短歌集は、浴室の壁にカラー石鹸で書き殴ったのをフォトブックに仕立ててあって、このコンパクト加減がまた良い感じである。
 これはやっぱ浴室であってこそなんだよな。
 やりがちなのはトイレの壁だろうけれど、それでは駄目なんだ。
 女性作家で浴室の壁。密室。夜な夜なそこにひとり書き殴っているという、
 なんだろ、
 情念のような……。
 文字が流れかけてて判読しにくいものが多いけれど、それもまたよしと。
 照明の雰囲気もいい。
 ただあたくしのような短歌に詳しくない人からすれば、短歌の方からそっぽを向かれる前衛的なものも少なくない。
 昔、松本人志が深夜番組でやっていた『オモジャン』を思い出す。
 ランダムに単語を記した駒をシャッフルして四人に配り、親が出した駒の言葉の続きを、それぞれが順番に手駒から出して面白い一文を作っていくゲーム。
 それと現代音楽家クセナキス
 数学の確立なんかを使って作曲したそうで。
 要するにサイコロで音を決めていくというようなことをやったらしい。



 そう浴室。
 密室なんだよ。
 開けっぱなしではあかんのだ。


 昔何かの本で松尾スズキが書いていた。
 食欲であれ、性欲であれ、欲望の現場にはせめて恥じらいを、みたいなことで。
 ポン酢のCMで、アツアツの鍋を食うタレントが、ハンペンを口に入れてハフハフするシーン。
 そのとき口の中に見える白い物体への不快を綴っていたと思う。


 うん。
 クチャはいかん。
 開けっぱなしは、いかん。



 9/11追記。
 やっぱ「ぷう太郎」のほうがいいな。
 いや、良くはないが。


 ☾☀闇生☆☽